HIU公式書評Blog

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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】本は先生、先生は選び放題!『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』

 

著者は、フランスの原子力庁で研究者として勤務し、またMENSAの会員になることにより世界中の多くの「頭のいい人」たちと出会った。世界に通用する頭のいい人は、どんな人で、どんなことを心がけているのか。またそのような人のようになるには、どうしたらいいのか。著者の専門でもある脳科学の分野から見ても理にかなっている彼らの行動はどのようなものなのか。

本書で紹介する頭のいい人の一人は、爵位を持ち20カ国語を操り、大学で言語学を教えるイタリア系ユダヤ人。そんな肩書きとは裏腹に、幼い頃から恵まれず過酷な時代を送った。また、自由にできる財産はないのに、継ぐべきものを狙う人から身を守る苦労が絶えなかったそうだ。周りには誰も味方がいなく、心が折れそうな時も負けない心を持つことができたのは、世界中の多くの本があったから。

良い先生や上司、尊敬できる人に恵まれることは稀であり、誰も味方がいなく一人で悩みを抱えながら過ごすことになったとしても本を読めば、生きる指針や、前向きに生きるコツ、また友達さえもその中から見つけることができると、彼はある教師から教わった。いつでも好きな時に、好きな分野を自分のペースで読むことができ、新しい世界を知ることができる本のおかげで、たった一人でも強い意志を保ち続けることができたそうだ。

著者が感じた世界に通用する頭のいい人は、ただ秀才というのではなく、逆境も自分の味方にして生き抜いていくことであり、それは特に日本人には欠けていると感じたそうだ。しかしそれは、頭の良し悪しではなく、意識を変えるだけで誰でも習得でき、また世界で通用するスキルは、日本でも通用するはずだと考え本書が作られた。著者によると本書は、世界基準の自分を目指す人が自らを磨くために楽しめる本なのだという。

 

 

【書評】眺めるだけで楽しい『死ぬまでに観たい映画1001本』

 

漫画で書評を描いてみようのコーナーです。
さて、この本、観たことある映画・無い映画、へー、そんな評価をされてるんだな、そんな話だったっけ?有名だけど観たこと無いな等々…。ジブリではアレが入っててアレは入ってないです。

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【書評】会計がわからんで経営ができるか。『稲盛和夫の実学―経営と会計』

 

経営者は、自社の経営の実態を正確に把握した上で、的確な経営判断を下さねばならない。そのためには会計原則、会計処理にも精通していることが前提になると、著者の稲盛和夫は言う。
稲盛氏は、27歳の時に京セラを創業し、ゼロから経営を学んでいく過程で、企業を長期的に発展させるためには、企業活動の実態が正確に把握されなければならず、また、経営に関する数字は、すべていかなる操作も加えられない唯一の真実を示すものでなければならない、と結論づけた。
本書は、「人間として正しいことを追求していく」という経営哲学をベースに「会計の原則」を確立したという稲盛氏が考える経営の要諦、原理原則を会計的な視点から表現したものである。
また、本書の後半には、氏が塾長を務めていた盛和塾に於ける、塾生たちである経営者たちとの「経営問答」が掲載されており、会計的な実際の悩みに対し、幾多のアドバイスを与えている。

「筋肉質経営の原則」
固定費の増加を警戒すること。間接人員は増やさない。余裕を持って持ち堪えられる範囲で固定費を増やし、利益率の低下には注意しなさい。

「土俵の真ん中で相撲を取れ」
商機に際し心配なく手が打てるように、常日頃から余裕が持てるように経営をすすめなさい。

話題はやがて、数字としてだけではない「目標設定」にも及ぶ。
経営者が会社について誰よりも真剣に考え、私心をはさむことなく、自らの意志で決断し、つくっていくものが経営の目標というものです。
高い低いではなく、まずは、経営者としてあなたが「こうありたい」と思う数字を持つことです。そのうえで、決めた目標を社員全員に、「やろう」と思わせるかどうかなのです。
不思議なことに集まる人間の数が多いほど、新たなものに挑戦しようという気持ちは隠れてしまいがちになるのです。経営者は、人間の持っている挑戦したいという新鮮な気持ちを表に引っ張り出すことができなければなりません。それにはやはり、思い切った目標でなければならない。
人は高い目標を掲げ、さまざまな困難を乗り越える中でこそ、喜びや、やりがいを感じることができるものです。

氏は、経営者のもっとも大事な仕事とは、将来に向かって大きな夢を描き、仕事の意義を明確にし、従業員の心に火をつけることだと言う。これこそがリーダーに与えられた大きな役割だというのだ。


稲盛和夫実学―経営と会計
作者:稲盛和夫
発売日:2007年11月7日
メディア:文庫本

 

 

【書評】なぜ自分の「価値」を高めればいいのか 『お金2.0』


従来の資本主義が限界を迎え、「価値主義」というものに世の中が移ってきていることを非常に分かりやすく解説した本だ。本書が出版されたのは2017年11月。もう4年近く前である。今更読んでいるのが恥ずかしいが、恥を捨てて紹介する。
価値主義でいうところの価値とは、利用価値(役に立つもの。資本主義でも扱われているもの)、内面的価値(愛情、共感、興奮、好意、信頼など)、そして社会的価値(社会全体の持続性を高める活動)の3つだ。そして世の中は、お金の価値が相対的に下がり、内面的価値、あるいは社会的価値の重要性が増している。分かりやすい例で言うと、お金が無くても人望が厚くネットワークがあればクラウドファンディングでお金を集められる。つまり価値は換金可能なのだ。
この話を妻にしたところ、「それでもお金がないとモノは買えないよね」と言われた。まぁたしかに今はそうなのだが、将来は分からない。ベーシックインカムが導入されれば、お金の価値はさらに下がる。個人レベルでも金余りが起こる。その時に向けて準備を始めた方が良さそうだ。いやというよりも、もっと自由に生き始めて良さそうだ。
「なんとなく今の時代、内面的価値とか利他の気持ちが大切というのは分かるけど、なんかしっくりこない…」という人にはオススメだ。私はすごく腹落ちした。「自身の価値を高めていく」という一つの指針は、モヤモヤしていた視界をさっと開いてくれた。
ぜひ同じ体験を皆さんにもしてほしい。

 

 

【書評】やっぱキングダムよりこっちかな。『三国志』

 

大昔の中国の戦記物。その代表格とされているのが三国志である。
国を三つに分けた国盗り合戦であり、その三つとは曹操の魏、孫権の呉、そして劉備の蜀である。
本作では、蜀の劉備を主人公と捉えて描かれているのだが、昔の中国では、国ごとに各々の歴史を書したものを遺しており、三国志については蜀史をベースにしているからというのがその由縁だ。
なので、本来の三国志とは、日付と何が起きたかの記録史であるのだが、その後に物語性を加えられ世に現れたのが、通俗歴史小説三国志演義である。
本書も含め、通常知られている三国志とは、この三国志演義が元になっているのである。

確かに、劉備には主人公たり得る素地は多い。
まず、貧しいものの、家柄は前漢の王様の末裔。
滅んでしまった漢を復興させようという至極真っ当な志。
張飛関羽との出会いから、「我等三人生まれた月日は違えども、同年、同月、同日に死せん事を願わん」と、有名な桃園の誓いによって義兄弟の契りを結ぶ、というドラマ性。
そして、徳の人という善人イメージを前面に出しているという具合。
でも、劉備は意外にも窮地の際にはことごとく家族を捨て去って逃げの一手だったりもしているのだけれども。
まぁ、この時代の中国に於ける「義」というものは、現代社会から考えると理解できない類いのものなので、これも仕方がないのかもしれない。
例えば、劉備達三人が、一夜の宿を求めて老人と娘の二人っきりの民家を頼る。
食卓に娘が姿を見せぬことを不思議に思い、老人に尋ねると、老人は「折角お寄りいただいたのに食事も出せないのでは申し訳ない。その為に娘は・・・」と言うのである。
劉備たちの腹に収まったのは娘の肉という訳で、これに劉備達も感激する、という挿話があったとどこかで読んだか聞いた記憶がある。これを当時の「義」というのだと言うのだが、ちょっとしたオカルトであり、さすがに現代の三国志ではカットされている。

それにしてもさすが中国で、物語のスケールが兎に角でかい。この当時の中国は、現代に比べてみれば、その国土とされた範囲は相当に狭いとは言え、それを三つに分けたのだから、関わる人員もそれぞれ膨大である。
一度の出兵で何万人もが死ぬ。たった一日の小競り合いで数千人が死ぬ。
そして一旦始めた戦は永年続く。
この三国志にしてみても、日本で言えば卑弥呼邪馬台国の時代から始まって、100年以上続く物語であるのだ。
日本に於ける最大規模の闘いであった関ヶ原ですら、実際の戦に要した時間は八時間に過ぎない。
しかも、この三国志は、劉備曹操孫権の時代までしか描いておらず、その後の展開が面白みに欠けるという理由によって、結局どの国が全土を治めたのかまでキッチリと書くことを放棄して終わっているのだ。
なんとも壮大な、世紀を股にかけた戦史なのである。
ジョン・ウー監督の『レッドクリフ』などという、アホっぽいふざけた映画を観て満足していてはならない。

なお、三国志は数多くの作家が小説を書いているが、今回取り上げたのは吉川英治版である。
戦時中の1939年から1943年まで新聞連載されたもので、当時絶大な人気を博した、ザ・三国志とでも言うべきものである。

三国志
作者:吉川英治
発売日:1989年4月11日
メディア:文庫本

 

 

【書評】本当に大事なものは目に見えない『星の王子さま』

 

本書は半世紀を超えて愛され続ける世界的名著であるが、随所に描かれた挿絵や表紙のイラストも著者によるものだ。また、ここ最近あちらこちらで本書が話題になったことから、何か今の自分に意味があるのではと思い読んでみることにした。

訳者によると本書の魅力は、人間性をないがしろにした大人の世界と子供のこころ。そしてそこに向かい合う王子様の発するメッセージ。また評論家からは社会批判の書とも呼ばれているが、世の中のことがわからなくなった時、恋や愛を考えた時にも本書を読むと、新しく豊かな気持ちになるため、繰り返し読むことにより毎回新たな気づきが得られるそうだ。

ストーリーは、飛行士でもある著者自身が不時着した体験が元になっている。自分の住む小さな星を離れた王子様が訪れたのは、自分の権威を守る王様が一人で住む星、大物気取りの男が一人で住む星、自分の恥を忘れるために酒浸りになる男が住む星、自分を有能だと思い、数や所有することを重要に考える実業家の星など、よくいる典型的な大人像を表しているが、王子様にとっては理解できない人ばかり。そして最終的にやってきた地球で真の友人と出会い、勘違いの元となる言葉は使わず、心でものを見ることの大切さを教わった。

また、心から分かり合える人に出会うことができないまま生きてきた主人公は、王子様がかけがえのない存在となり、一緒に過ごすうちに人生で大切なことを思い出した。誰しもかつては子供だったが、そのことを忘れずにいる大人はあまりいない。子供ごころを失わずにいる人は、物事を見る目に曇りがないという。本書を読むことにより、大人に子供ごころを取り戻させ、この世をもっと明るくしようと考えたそうだ。

 

 

【書評】意識の高いビジネスマンへ 『読書という荒野』


秋元康さんの推薦文を読めば、きっとこの本を読みたくなる。「見城徹の読書は血の匂いがする。ただ、文字を追って『読了』と悦に入っている輩など、足下にも及ばない。書を貪り喰ったものだけが知る恍惚の表情を浮かべている。著者の内臓を喰らい、口から真っ赤な血を滴らせている」。おそらく誰もが自身の読書を反省させられたのではないだろうか。僕もこの文句にやられて本書に飛びついた。
この本は見城徹という編集者の人生が、いかに読書によって形作られたかが描かれている。虐めという現実から逃避するための紀行記、学生運動の最中に精神的支柱となっていた本、編集者として関わった大物・新人作家の作品など。単なる作品紹介ではなく、本が一人の人間の生き方にダイナミックに作用していることが伝わってくる。
個人的に読んでほしいのは「意識が高い」と自覚のあるビジネスマンだ。読書を情報収集と捉え、いかに効率良くアウトプットを高めながら読めるかを重要視している方々。僕もその一人だったが本書を読んで、勿体ない読み方をしていたかな、と反省した。効率重視も悪くないが、人生はもっと奥深いのではないか。もっと五感を研ぎ澄まし、非効率な生き方をしてもいいのではないか。その体験をさせてくれるのが読書ではなかろうか。
自身の読書の仕方に疑問を持ったら、ぜひ読んでほしい。

 

 

【書評】心に火を灯せ 『死ぬこと以外かすり傷』


HIUでSALON DESIGNのライターをさせてもらったことから編集に興味が湧き、ミノ編に入った。ミノ編に入るならばということで、周回遅れながら本書を手に取った。
まず感じたのは、編集という仕事への誤解だ。なんとなく編集者というと、世の中の動きを読み、売れそうな本の企画を立て、著者にインタビューして良い本に仕上げるというイメージを持っていた。それはそれで間違っていないのだろうが、「著者と関係性を作る」というところが最も重要ではないだろうか。そして箕輪さんのように媚びずに全身全霊で著者と関係性を作るには、己を曝け出せるかどうかが鍵となる。まさしく人間力が問われる仕事だと感じた。
その上で、言うまでもないかもしれないが、箕輪さんは変わってるなぁと思った。高校生の頃は教室の机の上で亀を飼っていたらしい。また映画館では、ディズニー映画のクライマックスシーンでトイレに行きたくなったが、トイレに立ってその場を白けさせたくないと思いその場でコップの中に放出したそうだ。「人と違う何者かになりたい」という思いは様々な形で表れる。
読んでほしいのは、毎日に物足りなさを感じている人だ。編集者に興味が無くても全く問題ないと思う。何かに熱狂すると人生が変わっていく。それが端的にテンポ良く書かれているので一気に読まされてしまう。読後には「何かしたい」という思いが溢れているだろう。
心に火を灯したい方はぜひ。

 

死ぬこと以外かすり傷

死ぬこと以外かすり傷

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【書評】人の一生は重きを負うて遠き道を行くがごとし。『徳川家康』

 

著者である山岡荘八の作品を最初に読んだのは『織田信長』であった。
小学校の社会科があまり得意ではなく(本当は社会科に限ったことではない)、日本の歴史に疎かったため、三十代も半ばにして、日本人としてこれではいかんと思い手に取った次第だ。
読み出す前は、明治生まれの人間の書く小説がそんなに面白い筈もなかろうと、たかを括っていたのであったが然に非ず。ページを繰るごとに、そのダイナミックさと活劇の巧みさに舌を巻いた。
信長を夢中で読み終え、さて、次は?
そこで選んだのが本書である。

なんと全二十六巻。しかも一冊がものすごく分厚い。
そして驚くなかれ。主人公である筈の家康は端っからは出てこない。まったく出てこない。
最初の主要人物は家康の祖父である。当然、次は家康の父の代の話となり、そこで家康の母親である於大の方との夫婦のストーリーなんかも展開される。
やっと家康が生誕するも、赤子に大した物語が起こせる訳もなく、幼名を竹千代と名付けられ、今川家の人質となった都合上、物語は暫し今川義元を中心に展開する。竹千代は、さらに織田信秀(信長の父)の人質へともなっており、この際、既に信長との面識もできていた。

桶狭間の戦い今川義元が戦死し、故郷である駿府岡崎城に帰還した19歳の竹千代は、元服して家康と改名した。
今川義元の次は織田信長、そのまた次は豊臣秀吉へと物語の中心人物の襷が繋ぎられていくなかで、家康は戦国大名として大いに飛躍していく。そして、物語を、つまり戦国時代を動かす主要人物として活躍の場が次第に広がっていくのであった。
なので、前半は大したことも言っていなかった家康も、段々と重々しく貫禄も感じさせる名言が多数発せられる様になってきて、より味わい深くなっていく。
家康のことを、善人として描かれ過ぎているきらいは少し気になるが、主人公であるので、まぁ仕方がないか。
秀吉亡き後、徳川家が豊臣家に対して数々の所業を為すのも、最終的に豊臣家を滅してしまうのも、全て第二代将軍である徳川家忠に依るものにしてしまっているのは、正直のところ「ほんとかなぁ」と言ったところではある。
しかし、そんなことは差っ引いても面白い物語である。
日本の歴史小説で一番は? と問われたら本書をお薦めしたい。


徳川家康
作者:山岡荘八
発売日:1987年10月1日
メディア:文庫本

 

 

【書評】世に生を得るは、事をなすにあり。『竜馬がゆく』

 

明治維新の立役者としての坂本龍馬の生涯を描く、超有名な時代小説。
作者の司馬遼太郎の特性として、主人公には颯爽として曇りのない晴れやかな人物像を求めるので、本書の主人公である龍馬も、実に男っぷりが良い。
一節では、坂本龍馬が偉いのではなくて、司馬遼太郎が達者なのだと言う者もいるそうだ。
最近では、龍馬はイギリス人の手先だったとかなんとか言うセミナーなんかもあったりして、以前ほどではないのかもしれないが、それでも坂本龍馬に魅力を感じたり憧れを抱く人は未だ多いであろう。
そして、なんとなくベンチャー企業家に好まれる傾向があることも知ってはいたので、私もどういうことでそうなの? と思い、読んだことがある。
全八巻を一気に読んだが、第二巻目くらいから段々と面白くなってくる。そして、時代の狭間で成長をしていく龍馬は、第四巻辺りから少しずつ含蓄のある言葉を吐いてくる。

本書を読んだ当時の私は、或るビジネス団体の運営事務局長を始めて暫く経った頃であった。
まだまだ会を構成する会員数は少なかったが、中小企業の経営者を集い、アジア全体の英知、衆智を集め、経営者から政治に物申す様にまでしていこうと理想を掲げ活動をしていた。
だから、
“実力をやしなうことだ。その上で倒幕の発言であり、倒幕の実行である。それにはまわりくどいようだが艦隊をつくる以外に手がない”
とか、
“ところが竜馬は、利害問題から入ってゆく。薩長の実情をよく見、犬と猿にしてもどこかで利害の一致するところはないか、と見た。それが、兵器購入の一件である。長州もよろこび、薩摩も痛痒を感じない。そこからまず糸を結ばせた、というのは、中岡などが経てきた志士的論理からはおよそ思いもよらぬ着想だった。
「志操さえ高ければ、商人のまねをしてもかまわない。むしろ地球を動かしているのは思想ではなくて経済だ」”
などという文面には、なるほどねぇと唸ったものだった。

”「代々、百石、二百石などという厚禄に飽いた者とは、共に事を談ずることはできない。先祖代々餌で飼われてきた籠の鳥になにができるか」”
”「先人の真似ごとはくだらぬと思っているな。釈迦や孔子も、人真似でない生きかたをしたから、あれはあれでえらいのだろう」”
この様な科白も、世を変える人物となってやろうと意気込むベンチャー企業家にとって、思わず膝を叩かずにはいられないところなのであろう。

”竜馬は、日中、町をいそぎ足であるいてゆく。そのとき瞬間も死を思わない。
「そのように自分を躾けている」”


新装版 竜馬がゆく
作者:司馬 遼太郎
発売日:1998年9月10日
メディア:文庫本