中村天風は哲学者である。この本は、氏の講演の内容を文書化したものであるが、著者名を編纂者ではなく、敢えて氏にしてあるのは、正に天風氏本人の弁を想起させるものになっているからに違いない。
氏は、生き方そのものがユニークだ。明治9年に生まれ、少年時代から剛毅そのものの暴れ者。喧嘩をすれば相手の指を折る、耳を引きちぎるまで収まらない。中学生時代には、柔道の試合で負かした相手から包丁沙汰の逆恨みの襲撃を受け、揉み合ううちに刺し殺してしまう。正当防衛で無罪となったものの学校は退学処分。扱いに困り果てた両親は、壮士の集団である玄洋社の頭山満に預ける。やがて、中村少年は軍事探偵、つまりスパイとして日清戦争や日露戦争の波乱の世を大陸にて過ごし、生死の境を渡り歩く。
しかし、蛮勇赫赫たる氏を当時の死の病であった奔馬性結核が襲ったことで人生が変わった。この病を治さんと、国内の医者、宗教家に救いを求め、更に密航にてアメリカへ渡り、自ら西洋医学を学び、哲学者を訪ねるも役には立たない。尚もイギリス、フランス、ドイツと欧州各国を廻ってみたが徒労に終わった。せめて生まれ故郷で死のうと、日本へ向かう貨物船の中で出会った不思議な人物に誘われるままついていったその先はインドの山奥。人物の名はカリアッパ師。ヨガの聖者であった。そして氏は修行に就く。
修行の身にありながらも、絶えず病に心を奪われている氏に向かってカリアッパ師は言う。
「おい、よく考えろ。苦しい病に虐げられながらも死なずに生きているじゃないか。その生きているという荘厳な事実を、なぜ本当に幸せだと思わないのだ。苦しいとか、情けないとか思えるのも、生きていればこそではないか。それを幸せと思わないのか。お前は罰当たりだ」
肉体はもちろん、精神生命も、一切の人生の事柄を、心の運用いかんによって決定することが出来る、という心理を氏は悟り得た。たとえ我が身に何事が生じようとも、またいかなる事態に会おうとも、心の態度を消極的にしてはならない。いつも「清く、尊く、強く、正しく」という積極的態度で終始しなければならない。そうすれば、元気というものが湧き出し、健康的にも、運命的にも、すべてのことが完全に解決されてくる。
「いかなる場合にも、常に積極的な心構えを保持して、堂々と人生を活きる」
やがて、氏の病は消えて無くなってしまったのである。
私は、目の前のことから逃げずにいたから現在がある。そんな生き方をしてきた積りだ。しかし、約五年前。それだけではとても対処出来ぬ、自らの耐性を鍛え上げなければ堪え切れないほどのプレッシャーに晒され続けたことがあった。そんな時に経営者の先輩から薦られたのが中村天風であった。
「前向きに生きる」
この言葉は、なんとなくは理解出来るものの、なぜそうしなくてはならないのか、後ろ向きになってなにが悪いのか。その理由が釈然としていなかったため、胡乱に感じていたのだが、ここでは書き切れていないことも含め、この本を読むことで初めてそのロジックが理解出来た。得心がいったのだ。その甲斐あって、その後は疑うことなく素直に積極的な思考を努める様になれた。
心が張り裂けんばかりになったり、挫けそうになったことの無い様な、恵まれた方には必要が無いかもしれないが、自分を失いそうになってしまった時には御一読を願いたい。氏の著作は何冊も読んだが、その上で一冊を選ぶとすればこの本を特にお薦めする。きっと、恐怖を戒め、信念を煥発して活きることが出来るに違いない。
蒔いた種のとおり花が咲く。