この小説は、ロシアの作家、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーによって書かれたものなんですね。しかし、小説とは言っても、現代の小説とは桁違いな点が1つあるんですよ。それは、人間関係に関する感情を、極限までに深くした点。今から、簡単な形であるが、それを紹介しますので、お付き合い下さい。
まず、この小説、面白いのが、「登場人物のセリフがやたら長いこと」にあるんですね。僕が今まで読んだ小説は、1人のセリフにせいぜい1行〜5行くらい。ところが、この『白痴』、何と平気で3ページを超えるんですよ。もちろん、全てのセリフがという訳では無いが、6割以上が、3ページを超える。中でも、登場人物である、ムイシュキン公爵がスイスの療養所でのことを語る場面があるんですけど、何と20ページ程もあるんですね。僕はワクワクしましたよ。こんな衝撃的な小説は今まで読んだことがない。つまり、文字の量に、いい意味で圧倒されるのです。
また、この小説、登場人物の行動が読めない。つまり、先が読めない物語なのですよ。例えば、登場人物で鍵を握っている女性、ナスターシャ・フィリポヴナなんかは、婚約しては直後に駆け落ち、婚約しては姿を暗ます、という行動を繰り返している。しかもこれは、何の前触れもないんですね。更に、婚約相手は、ほぼ同じ2人。読者からすれば、謎行為で意味不明でしょう。それだけ、答えの出ない不確定な状態が延々と続く小説、と言えるかもしれません。
なので、この物語は、休日の外出みたいに、「ちょっと手軽に読もう」と思うと、逆に読めなくなるのでしょう。しかし、1つの小説を、判断もせずただひたすら読む、という姿勢が返って物語を存分に味わえます。
じっくり読みたい人、哲学が好きな人、複雑な物語が好きな人、深く感情を味わいたい人、ドストエフスキーを読んだことがない人に、特におすすめかと思います。
僕は、この小説で、現代の風刺的なものを感じたんですね。つまり、先が読めず展開も分からない、正に、ある意味激動の著と言えますね。
ぜひ、じっくり読んでみてください。ちなみに僕は、この小説を読むのに、2〜3ヶ月ほどかかりました(笑)。
参考文献
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(1970〜2020) 『白痴(上・下)』※原著は1869年 木村浩(訳) 新潮社
書評者:大隈知広