「なんだか七面倒くさそうで、取っ付きにくそうだなぁ」
と、思いながら読み始めた本書。
意に反して、というか、意外な展開を見せつけてくれて、結果的には甚だ面白く読めた。
著者は現在、ビジネスパーソンや一般の人々、または企業向けに、アートやデザインを通して脳を活性化し、新たな知覚と気づきの扉を開く「アート・アンド・ロジック」という講座を主宰しているのだそうだが、二十代後半から三十代前半のビジネスパーソンを中心に、「美術系の大学院に入学して、MFA(マスター・オブ・ファインアート=美術学修士号)を取得したい」という相談が徐々に増えているという。
そんな始まり方であったため、アートの何がビジネスの世界に活かせるというのだろうか? と言う様なことを深掘りしていくのかと思いきや、案外そうでもない。
そんな訳で、正直に言えば全体を通しての骨子がちょっと掴めないまま読み終えてしまった感はあるのだが、「東京藝大美術学部」という変な学校と変な学生たち自体の面白さが本書に滅多にないバリューを添えてくれている。
考えてみれば、「東京藝大美術学部」ってなんだ?
芸術家を目指す人々以外からしたら、多分に一生知り得ない世界である。
如何に変な学校であるのか?
他の大学であれば、近似値の偏差値、同程度の学力や思考の人々が集うところ、このおかしな美術学部は40台から70台までが一堂に会する。
入試の内容は、全く傾向というものがないので、一般的な大学や他の美術学部の様に入試対策が効かない。
或る年の出題=「絵を描きなさい」。また或る年の出題=「世界に目を向ける」。
どうだろうか。これらの出題に対してどう対峙すれば良いと思うだろうか。発揮すべき能力は、デッサン力でも描画力でもない。重要なのは「本質的な思考力」なのだというのだ。
そして、そんな試験を経て入学してきた変な学生たち。
現役合格は極めて稀で、浪人を重ねて入学する人々ばかり。却って現役は青二才扱いされ、悔しい思いをしたばかりに、わざわざ留年して次に入ってくる新同級生に対して先輩風を吹かせ、同じ感慨に耽る人もいるのだとか。
本書では、多くのページを割いて東京藝大美術学部の学生たちを書き描く。
どの様な背景で、どの様に入試に挑んだのか。
入学後、どんな活動を行なったのか。
また、卒業後にはどういった世界で活躍していったのか。
これらを読むことで、またも東京藝大美術学部のユニークさが浮き彫りにされていくと同時に、学生たちの画一的ではない選択や行動が次々と披露されていく。
彼らの生き様。これを目にすることが出来る。これこそが本書に於ける最大の特異点である。
今の世の中、ロジックの積み重ねだけでは行き詰まる。自ら考えることを実践することで突破口を開いていくのだ。
そして大事なのは観察力。
デッサンは「上手く描く技術」よりも「物事をじっくりと観察する技術」である。実際に描く対象を観察する時間を増やせば増やすほど、絵はどんどん上達する。
これは芸術だけに限った話ではあるまい。
見ようとしないと何も見えないのだ。
東京藝大美術学部 究極の思考
作者:増村岳史
発売日:2021年6月1日
メディア:単行本