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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】この社会を構成するすべての人が、一種の幻想を共有している。『会計が動かす世界の歴史 なぜ「文字」より先に「簿記」が生まれたのか』

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面白い物語には必ず、魅力的な登場人物がいる。これは歴史の本にも言えることだ。しかし人間の寿命というのは驚くほど短く、歴史を貫いて登場させられる主人公がいないという問題がある。だから、本書の主人公は人類以外のものである。歴史上、長きにわたり人類に寄り添ってきたものであり、誰からも愛される魅力的な存在。「お金」である。

本書では、お金を通して有名な歴史人物たちの新たな一面を垣間見ることができる。また、先人たちの歩みを「損得」という視点で紐解くことで、マネーの本質を探ることができる。

例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチは遠近法、明暗法、解剖学など、科学的な知識を総動員して大作「最後の晩餐」を仕上げた。遠近法には数学的な知識が欠かせない。そんな歴史的絵画の背後には、複式簿記の専門家がいた。世界最古の複式簿記の教科書「スムマ」を著したルカ・パチョーリである。

複式簿記とは、簿記において、すべての簿記的取引を、その二面性に着眼して記録していき、貸借平均の原理に基づいて組織的に記録、計算、整理する記帳法のことを言う。そんな簿記と会計は表裏一体の関係にあり、今も昔も商売において欠かせないものである。評者も最近少しだけ簿記の勉強をしていて、これを考えた人は天才だなあと常々思っていたので、この章は読んでいて非常におもしろかった。

そんな商売の世界を変えた天才、ルカ・パチョーリと、芸術の世界を変えた天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが関係していたとは驚きである。彼らがいったいどんな会話を楽しんだのか。想像するだけでわくわくしてこないだろうか。

そして本書の最終章では、いよいよお金の本質が見えてくる。

1970年5月4日から約半年間、アイルランドではストライキのために銀行の業務が停止した。
経済が大混乱に陥るかと思いきや、人々は小切手で取引を決済して経済活動を続けた。銀行が再開されないかぎり、その小切手を現金化することはできないにもかかわらず、である。つまり、個人の信用のみで小切手経済が機能したということだ。

ここには、アイルランドでは街の至るところにパブがあり、地域コミュニティの基幹になっているというアイルランドの文化的背景が大きく関係していた。お互いの顔をよく知っているからこそ相手の信用力も分かり、小切手を安心して振り出せた。

たとえ裏付けになる貴金属がなくても、あるいは中央銀行がなくても、信用さえあれば貨幣経済は機能しうる。1970年のアイルランドの事例はその証左といえる。

そしてここに、お金の本質が見えてくるのである。
お金の本質は美しい貝殻でも金銀でも、国家の威光でもなく、「譲渡可能な信用」と言える。人が誰かに貸しを作るのは、相手にそれを返してもらえると信用しているからである。

お金のない世界では、他人への借りは、労役や食糧の形で本人に直接返さなければならない。しかしお金のある世界では違う。誰かに貸しを作ったら、報酬としてお金を受け取れる。そのお金を使って、別の誰かへの借りを返すことができる。他人への借りを、別の誰かへの貸しで返すことができるという約束。それがお金なのだ。

本書は、表紙のイメージとは裏腹に、雑学が多めでとても読みやすい内容となっている。だから会計の知識が不足しがちな評者でも読みやすかった。あらゆる視点から眺めることで、歴史というのはより一層理解が深まる。お金の視点からの歴史を、気軽に覗いてみたい方におすすめである。