過去の恋人のことを忘れられず、あちこち転々として暮らす自らのことを「旅がらす」だという母と、娘の物語。
ふわふわと、まるで夢の中を生きているような、過去に縛られている母。それに反するように、すくすくと成長し、しっかりと時を刻んでいく娘。
仲睦まじく暮らす二人だったが、過去を生き続ける母と、今をしっかりと生きていきたい娘は、どうしたってすれ違っていく。
”夏は好きな季節だ。街は日ざしで溢れていた。毎日毎日、私たちはそれぞれの場所をぬけだしては会った。くらくらするような熱さのなかで。一瞬とも永遠とも思える信じられない時間の堆積のなかで。”
母は静かに、けれど狂気とも言えるくらいに、恋に取り憑かれている。
物語は母目線、娘目線と、交互に進んでいく。美しい季節の描写が、時の流れを意識させ、より一層悲しい気持ちになる。
同じところをぐるぐるとやみくもにさまよい続ける母は、病んでいるのかもしれない。けれど、それだけ恋にのめり込める様は、ある意味では幸福なようにも見える。
現実に折り合いをつけて、まともに生きていることが果たして正しいのだろうか。幸せについて、考えさせられる物語だった。
ちなみに著者はあとがきで、本書はいままでに書いたもので、一番危険な小説だと言っています。危険だけど、じーんと余韻に浸れる、素敵な作品です。