「親が生きているうちに戦争の話を聞きたかった」
これはきっと誰もが願うことだろう。ただそれが少し違うのは、彼女が漫画家であったことだ。
1942年、当時19歳のおざわの父は満州へ出征。その後ソ連軍の捕虜となり酷寒な環境下のシベリアで奴隷的な強制労働、帰還する1949年までその地で過ごした。ソ連兵からの暴力や略奪、日本人同士による諍い、『ふるさと』を歌いながらながら亡くなっていった仲間…。
おざわが現在の父にインタビューするところから物語は始まる。
私がこの作品を初めて目にしたのは2012年の文化庁メディア芸術祭の展示だった。戦争という題材に対し、絵は子どもが描いたのような単純な線での構成で驚いた。戦争漫画というと代表に『はだしのゲン』があり、どうしてもグロテスクな絵が印象に残る。だがおざわは人がパッと嫌悪感を覚えるような描き込みを排除し、手に取りやすくより物語へ入っていけるようにした。しかしデフォルメで描かれた人物が絶命する様は、愛らしいぬいぐるみがズタズタにされるような、ある種の残酷さを持って私たちに入り込んでくる。シンプルな絵柄という点では、今日マチ子のひめゆり学徒隊から着想を得た漫画『cocoon』にも通じる。
そしてこの漫画ははじめ同人誌として発表された。編集者が介在していないこともあり、物語にはっきりとした起承転結がない。読み進めていくと今どの段階にいるのかが分からず正直いらだつ。だがこの作品はその構成こそが特筆する点であり、素晴らしい効果を得ている。
生活というのは、今日は安全でも明日突然ひっくり返ることがある。
この起承転結の無さこそが、次に何が起こるか分からない不安定な人生の面白さを表現している。
おざわゆきは『こおりの掌』で父親のシベリア抑留体験を漫画化したが、その後母親の戦争体験を描いた『あとかたの街』という作品も発表している。こちらの作品は商業誌で発表しているため絵柄も異なるが、これを機に合わせて読むことを勧める。