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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】殺人をヴェニス製の花瓶から取りだして路地裏に投げだした人々のチャンピオン。『チャンドラー短編全集1 赤い風』

「ハードボイルド小説の情緒的基盤は、あきらかに、殺人は発覚し正義が行なわれるということを信じない点にある」
本書の序文で、作者であるレイモンド・チャンドラーはこう述べている。
チャンドラーは、ハードボイルド探偵小説というスタイルを確立したと言われているが、その作品の中で登場する人物達は、僅かな手掛かりを基に難解なトリックを暴くロンドンの伊達男でもなく、また、灰色の脳細胞を駆使して、歩き廻ることすらせずに鮮やかな推理力のみで犯人を特定する様な名探偵ではないのである。
街路が暗いのは夜の闇のためだけではなかった。そんな時代のロスアンジェルスを舞台に、無鉄砲に、しかし一抹の感傷を抱いて渡り歩く男が、チャンドラー作品に於ける主人公なのである。

チャンドラーが主な活動の場に選んだのは、パルプ・マガジンであった。
冒頭の弁と同じく序文の言葉を借りれば、「不必要にけばけばしい表紙や、陳腐きわまる題名、ほとんど受け容れがたい様な広告文」といった代物でしかなかった探偵雑誌である。
しかし、チャンドラーの作品は、卓越したリアリズムや流暢な文体を以て探偵小説を文学にまで押し上げた。
その活動期間中、ハリウッド映画界にも関わったりしていたこともあり、彼の生涯に亘る作品数はさほど多くはなく、長編作品は七作品のみである。また、それらの長編作品も短中編の幾つかを再編して作られているものが殆どである。
故に、枝葉が分かれて複雑な印象を与えることもしばしばとなるのだが、短中編を読むと意外なシンプルさ、分かり易さを感じることだろう。
また、チャンドラーの長編作は、全て主人公の一人称形式で描かれているが、1933年に『ブラック・マスク』誌に掲載されたデビュー作「脅迫者は射たない」など、三人称形式で書かれているレアケースも楽しめるのも短中編集に於ける特徴である。
尚、チャンドラー作品の代表的な主人公といえば、私立探偵フィリップ・マーロウである。彼が登場したのは初の長編作『大いなる眠り』であるが、チャンドラー自身の言葉によると、主人公は処女作以来一貫した人物として書いた積りだと述べている。
短中編作品に於ける主人公の探偵達も、名前こそ違えどもマーロウと同一のキャラクター造形と考えて差し支えなさそうだ。

収録作品
「序」
「脅迫者は射たない」
「赤い風」
「金魚」
「山には犯罪なし」

チャンドラー短編全集1 赤い風
作者: レイモンド・チャンドラー,(翻訳)稲葉 明雄
発売日:1963年5月17日
メディア:文庫本

 

 

【書評】こうして僕は健康を極めました『人生が変わる神レシピ』

 皆さんは、普段どのように食事をしているだろうか?コンビニでおにぎりを買ったり、パンを買ったり、自販機でスポーツドリンクやを買う、という人もいるのではないだろうか?実は、そのような日々の積み重ねが、生活習慣病メタボリックシンドローム、肥満などを引き起こしており、メンタルにも関係しているのだ。更に、仕事や勉強にも影響している。なので、食事は思ったよりも僕らの生活に直結している。「そんなことわかってるよ」というコメントが飛んでくるかもしれない。では、質問だ。どのような点で「分かっている」と言えるのだろうか?若い人は、「自分は若いから大丈夫」なんて思っている人も多いだろう。では、かなりお腹が出て肥満気味の人は、どのように過ごしたら、むしろあんな体形になるのだろうか?と考えると、他人事ではない、と思う人もいるだろう。本書は、そんな若い人にこそ読んで実践してほしい本だ。では、どのように有益なのか。これから紹介していこう。

 まず第一に、「レシピ」とあるが、文字通りの「レシピ」は、何と本の終盤らへんにあるのだ。では、本の大半は何について書かれているのかというと、栄養素の解説、である。あんがい、栄養素のついては知らない人が多い。例えば、皆さんはよく「魚を頭がよくなる」という歌を聞いたことがあるだろう。では、その背景には、どのような理由があるのか、ご存じだろうか?では、お肉は?肉料理は太る、なんてイメージがあるかもしれないが、実は調理の仕方に問題があるとしたら?言い換えれば、調理の仕方によって、太らなくなったりかえって若返ったり、ということがあるとしたら?そう考えてみると、気になってくるだろう。そのくらい、実はみんな疎いのだ。そのことを教えてくれるのが、本書の面白いところの一つだ。

 では、最も面白いのは、どのような内容だろうか?それは、太りそうだと言われているものが実は太りにくい、というケースが書かれていることだ。例えば、ダークチョコレートがある。チョコレートと聞くと、太りそうなイメージがあるが、この本を読む限り、実はそうではないのだ。なぜかというと、カカオが80%以上のチョコレートは、ポリフェノールを多く含んでいるため、心疾患を防ぐ、といったメリットが確認されているからだ。チョコ好きには、たまらない結果だろう。僕も、ダークチョコレートはちょこちょこ食べている。ちなみに、食べすぎ注意だ。

 本書は、メンタリストDaiGoさんと、DaiGoさんの専属シェフであるつっしーさんが書いた本だ。つっしーさんは、論文をもとに料理を解説し、実際に作る、というニコニコチャンネルを開設している。これに従って料理を作り、食べ続けると、かなり健康的なメリットがある。栄養や健康が気になる人は、つっしーさんのチャンネルを見るのがおすすめだ。

 繰り返すが、健康は、僕らの生活の根幹をなすものだ。いくら勉強が好きでも、体を壊してしまえば、その好きなこともできなくなる。しかも、年々、徐々に、だ。なので、食事を変えることで人生を変えることができる。なので、この本は、かなり価値がある。

参考文献
メンタリストDaiGo、つっしー(2022)『人生が変わる 神レシピ』repicbook

 

 

【書評】獣人たちの革命は成るか?『バンパイヤ』

本作のことは、狼男モノとしてその存在は知っていたが、内容まではよく知らなかった。
主人公のバンパイヤ トッペイ役を水谷豊が担当してテレビドラマ化もされ、バンパイヤの変身シーンや変身後の姿はアニメーションで描いたものを合成という変わった作り方だったが、このドラマを、たま〜に「懐かしのあの番組」的な特集とかで断片を観た程度の認知であったのだ。
それを、古本屋で全3巻セットを見掛け、中途半端にしか知っていない状況を是正しておこうじゃないかと買い求めた。

物語冒頭でトッペイは手塚治虫を訪ねて「マンガ映画が好きなんです」と言い虫プロに就職する。自然と手塚治虫当人が重要な登場人物になり、テレビドラマにも本人が主演したり、虫プロも撮影されたりしているのも特徴的である。
その手塚治虫は、まえがきに於いて、「本作の骨ぐみはシェイクスピアマクベスです。わたしはマクベスに、バイタリティにあふれた現代悪の権化を見る気がします」と述べている。
その象徴が、登場人物の一人である間久部緑郎(まくべろくろう)、アダ名はロック。
所謂スターシステムにより、ロックはそれ以前から手塚漫画には登場していたが、屈折したニヒルなキャラクターはそれほど人気を得ていなかったのだが、物語を引っ張る事実上の主演となった本作により、強烈なカリスマ性を発揮して大ブレイクした。アンチヒーローとしてその存在を確立させ、二枚目から悪役まで複雑で幅広い活動を重ねていくのである。

その才を活かして富を得ようと悪事を働くロック。人目を憚り目立たぬ様に生きながら、ひっそりと連帯を築いてきたバンパイヤ族は、革命を実現するに際してロックと手を組む。
ロックの目的はこの世の王者の座を得ること。では、バンパイヤ族の狙いとは何か? そして、ロックの兇状を嫌い、バンパイヤ族とも反目し、単身行動するトッペイの運命は如何に?

本作の第1部は『週刊少年サンデー』にて1966年から1967年に連載された。
第2部はテレビドラマ放映開始時に『少年ブック』にて1968年から1969年にかけて連載されたが、掲載誌の休刊により未完に終わってしまった。
テレビドラマは、1968年10月3日から1969年3月29日まで全26話が放送されたのであった。

バンパイヤ
作者: 手塚治虫
発売日:1968年5月10日
メディア:単行本

 

 

【書評】どうやって運を科学する?『運の方程式 チャンスを引き寄せ結果に結びつける科学的な方法』

 皆さんは、運をどのようにお考えだろうか?「科学的には定義できない、第6感的なもの」?それとも「偶然起きた幸せなことやチャンス」?そんな疑問に答えたのが、本書である。それも、科学的な手法で、である。これを読んでいる方には、不思議に思う方もいるだろう。「運なんてランダムなんだから、科学とは真逆でしょ。どうやって、運と科学を結びつけるのよ」という考えがよぎったかもしれない。そうなのであれば、この本をぜひ一読いただきたい。幸運といわれる現象が、いかに「必然から生まれた偶然か」、が分かる。この本の内容は、実際に僕自身も活用している。今回は、この本で面白いことや学んだことを紹介しよう。確かに自己啓発の類ではあるが、そこら辺の自己啓発本とは違い、論文をもとにして解説しているので、実用書の面を多く持っている。
 
 そもそも何が面白いかというと、この本、実は数学の視点からとらえなおすと、実に納得する内容なのだ。本書のタイトルにもあるように、「方程式」とあるので、実際に日本語を用いた式が書かれている。それが、「幸運=(行動×多様+察知)×回復」である。一瞬見ただけで、僕は「そりゃそうだろ」と納得した。何故なら、これは分配法則を使うと、「行動×多様」の部分と「察知」の部分に、「回復」がかけられるからである。言い換えると、「行動回数を増やし、行動の種類もレパートリーを増やそう。疑問を投げかけよう。でも、休むことは最優先だよ」という意味になる。この数学との組み合わせは僕が付け加えたものであるが、この一個の式に表されるのは実に美しい。本質が詰まっているからだ。

 そして、僕がこの方程式の中でもっとも使っているのが、「察知」である。これは言い換えると「問い」を発することだ。つまり、世の中の「そもそも」とか「何で」を突き詰めて行こうというニュアンスだ。これが、僕の基本文法のようなものだ。本書では、問いを発して突き詰めることが、いかに成功につながるかを、研究結果や事例をもとに解説している。また、その「問いを発する力」を高めるトレーニングも紹介されている。なので、「科学的な実用書」なのだ。また、この項目でで僕が共感したことがある。それが「問いが問いを生む」である。疑問を突き詰めて自分なりに答えを出すと、また違った角度の質問が頭によぎる。すると、また答えを探す、という行動に移るのだ。僕自身これもよく経験している。なので、アイデアが出ずに行き詰っている人いは、うってつけの本である。

 著者は、鈴木祐というサイエンスライターで、今までに10万本の論文を読破している。また、600人の専門家にインタビューを行っている。自身のブログである「パレオな男」でアンチエイジングやトレーニング、栄養素、心理テクニックなどを配信している。有料記事もあるため、読んで実践するだけでも、かなり人生に変化が起こるだろう。

 本書は、問いかけの重要性や、行動の回数とレパートリーを増やすことなど、ごくごく当たり前なことが掲載されている。しかし、それを実践している人は案外少ない。ぜひ本書を、実践しながら読んでほしい。

参考文献
鈴木祐(2023)『運の方程式 チャンスを引き寄せ結果に結びつける科学的な方法』アスコム

 

 

【書評】こんなに泣ける漫画はそうそう無い。『岳』

 何かを読んで泣ける、そしてそれが漫画だというのは久しぶりだ。「死と隣り合わせ」という表現は、普通は自身がとてつもなく危険な目に遭う時に使うものだが、本書は文字通り、それ以上に隣り合わせだ。主人公は北アルプスで山岳救助ボランティアをしている。雪山遭難者を背負ってロープを使い崖を登っている、その最中にも、背中の遭難者が息を引き取ってしまう場面が珍しくない。常に自分の身の危険のみならず「死人」やその家族とも向き合う、生死と隣り合わせどころか共存せざるを得ない日常だ、、。
 
 そんな中でも体力・経験値ともに超人的な主人公・三歩は、人柄も大きい。雪に埋まり低体温になっても口を手で塞いでなんとか息を繋ごうとした遺体に「よく頑張った」と声をかける。道迷い後数日、缶詰を食べ尽くし、瓶にSOSを書いた紙を詰め川に流し、救助隊に発見され生きながらえた遭難者に「よく頑張った。」と声をかける。そして「また山に来いよ」という。
作者はこのように主人公・三歩を通し、山の厳しさと同時に圧倒的な魅力、極限状態の人間の知恵と頑張りを描いていく。

 ある一話では、会社を辞めて喫茶店を持った男が、店のコーヒーの味に迷い、活路を見出そうと北アルプス・燕岳を登る。しかし道に迷い二日たつと4月の山は吹雪に。力尽き木の陰の雪洞で三歩に助けられる。衰弱し出されたおにぎりは食べられないが、一杯のコーヒーで生気をとり戻す。「良く頑張ったね。」、、その後、自分のコーヒー・ツバクロブレンドの味がみつかり、三歩にまず一番に飲ませるために喫茶店の席を用意する、、。

 こんな、山を巡る一話一話。読者は時には厳しい教訓を汲み取り、時に登場人物への共感をしながら、鏡のように自分に向き合うだろう。命の尊さと儚さ、そしてリスクの管理手法、友を信じることや親子の愛、雄大な自然、長い地球の時間、と繰り広げられる光景には枚挙に暇がない。

 日本は山脈の島だ。少しでも山に登ったことのある人、ふるさとに山々の見える人。日本人ならそんな各々自分にとっての「山」を瞼の裏に見ながら何かを再発見できる、心が通った漫画である。

石塚真一
「岳」1〜18集
小学館 2007年

 

 

【書評】こうして僕は「コミュ障」を脱却しました。『コミュ障でも5分で増やせる超人脈術』

 皆さんは、会話が得意だろうか?得意だとして、どのように「得意」なのだろうか?
 告白する。実は、僕はコミュニケージョンが大の苦手だ。HIUの交流会やイベントに時々参加しているし、よく人に知識を解説しているので、他の人からは「話すのうまいですね」と言われる。しかし、内心は「そうだといいんだけど」とどぎまぎしている自分もいる。実際には、仕事で高めた説明スキルを、会話にも使っているだけなのだ。僕はもともと話すのが苦手な性格なのだが、そんな僕の助けになった本が、本書である。この本は、「コミュ障気味で」「話すの苦手なんです」という人にはぜひ読んでもらいたい一冊だ。何故今本がここまで画期的なのか、今から書いていく。

 まず第一に、心理学者の研究を紹介し、「内向的な性格」を定義し直している点だ。良く世間で言われている「内向的」というのは、「しゃべるのが下手」で、「とても根暗」で、「オタクっぽい」、というイメージではないだろうか?実は、そこに大きな誤解が含まれている。何かというと、この本によれば、実は内向的な人のほうがコミュニケーション能力が高いのだ。なぜかというと、内向的な人の方が観察能力に優れ、共感力が高いという。つまり、相手のことをよく見ているが故に、対人関係に不安を持っているだけ、ということなのだ。これを見て僕は、とても救われた。何故なら、僕自身コミュニケーションで困っていたからだ。相手の表情を見たり周りを見て分析したりして、頭の中で話を構築しているので、言葉の切り返しに時間がかかったり、自分の話の矛盾点を簡単に見つけて修正したりしている。とにかく、コミュニケーションでかなり疲れてしまうのだ。その点も含めて、この本で内向的を再定義してくれたことは、かなり救いだった。

 そして、第二に、この本では「自分の性格に合わせて、ネットワーキングを作りましょう」というのを推している点だ。これもかなり役に立っている。世の中は、外向的な人の方が好ましいというメッセージであふれかえっている。もっと人間関係を作って、みんなとつながろう、というものだ。しかし、僕はこの考えに疑問も持っていた。「そんなにつながったら疲れちゃうのに、何で人脈作りがいいんだろう」、という疑問だ。しかし、本書はその疑問にも答えてくれている。それが「自分の持ち前の性格に合わせた方法で人間関係を作りましょう」だ。価値観と照らし合わせてもいい。つまり、自分にとってやしやすいスタイルでコミュニケーションをしましょう、というものだ。ネットワーキング作りが苦手なら、人とつながることがやたらと上手い何人かと友達になり、いざというときに他の人とつなげてもらう体制を作ってしまうのだ。これなら、あまり人間関係が得意でない人でも、ネットワーキングを作れる。まさに「無理せず」なのだ。僕のやりやすいコミュニケーションのスタイルは、「知識や分析、考察や考察、アイデアが飛び交う会話」だ。

 本書の著者は、メンタリストDaiGoさんである。堀江貴文さんとも交流があり、自身のサービス「Dラボ」で精力的に配信している。僕もDラボを使って、毎日勉強している。彼から得られる知識で、僕は人生を変えてきた。人生の基盤を作るのにはぴったりのサービスだ。最近はX-mobileとコラボし、スマートWi-Fiも出している。

 本書は、「コミュニケーションが苦手」と考えている人に是非とも読んでほしい本だ。内向的な人の助けになるし、コミュニケーションの見方も変わる。ぜひ、本書の知識を試してみてはいかがだろうか?

参考文献
メンタリストDaiGo(2019~2020)『コミュ障でも5分で増やせる超人脈術』マキノ出版

 

 

【書評】大陸雄飛の夢に誘われて。『馬賊戦記』

 

誰からだったかはすっかりポンっと忘れてしまっているが、薦められるまま読んでみたら、これがやたらめったらとんでもなく面白い冒険活劇一大浪漫小説だった。嘘だと思ったら読んでみてちょーだい。
戦前の満州を舞台に、日本人でありながら馬賊の攬把(ランバ・頭目のこと)として、ある時は単身拳銃を取って敵と戦い、ある時は百千の配下部隊を率いて山野を進軍した実在の人物、それが小日向白朗である。
馬賊、少なくとも正統的な遊撃隊の精神は仁狭の一語であると小日向氏は言う。仁は人をたすけ、狭は、命を捨てて人をたすけることであると言われたのだと。
仁侠の徒としての馬賊とは、馬に乗った泥棒の群ではなく、官の権力に対抗して武装せる農民たちの姿である。
小日向氏は、部分的な要約でしかなかった、これまで度々発表されてきた自らに関する書物とは異なり、忠実に網羅的にかつての冒険について書き起こされた本書によって、農民運動の一形態としての馬賊というものが周知されるであろうことを望んだ。

“大正五年。冬もさかりの十二月。小日向白朗はひどいすきっ腹をかかえて奉天停車場のホームにおり立った。年齢より二つ三つはふけて見えるものの、満で数えて十六歳。まだ紅顔の少年である。”
これが、本作の出だしである。
一体何故、そんな日本人の少年が満州などへ独りやって来たのか。
目的は、どこでもいいから、大陸横断の冒険旅行をすることであった。ロマンチックな夢想家が行動力に恵まれると、決定的に彼の人生は泰平無事と訣別させられる。
漠然たる野望を抱いて中国に渡った彼は、或る高級日本軍人の世話になり、北京で生活をしていたが、二十歳を迎えた頃、どうせ蒙古の奥地へ入るのならお国の為に働いてみる気はないかと誘われる。
陸軍機関員、つまり軍事探偵こそ、大陸冒険の王者ではないか。
白朗の胸は躍った。
生まれついての楽天家は、天涯孤独の一人旅に就く馬上の人となった。

旅に出て程なくして白朗は馬賊の一団に捕らえられた。
白朗にとって幸運と言えたのは、山賊、流賊の類いとは一線を画す「正当馬族」の捕虜となったことだった。
「馬族」とは、そもそも日本人によって名付けられたもので、正しくは「遊撃隊」と言うのが名称であり、住民の唯一の保護者たるものであったのだ。
馬族の大攬把に言われるまま、囚われの身から一転、白朗は馬族の一員となった。
畜生以下の扱いである下っぱ暮らしから始まった馬族での生活だったが、性質が元来明朗で人懐っこく、良く働いた白朗は次第に小隊長格の者たちと馴染んでいった。
こんな薄汚いコジキ暮らしより、戦闘に出て恩賞にありついてやる。死んだらなおいいや。
自ら戦に身を投じる道を選んだ白朗は、腕と度胸、それと天運を武器に草原を駆け始めた。

馬賊戦記
作者: 朽木 寒三
発売日:1982年8月15日
メディア:文庫本 

 

 

【書評】大陸雄飛の夢に誘われて。『馬賊戦記』

 

誰からだったかはすっかりポンっと忘れてしまっているが、薦められるまま読んでみたら、これがやたらめったらとんでもなく面白い冒険活劇一大浪漫小説だった。嘘だと思ったら読んでみてちょーだい。
戦前の満州を舞台に、日本人でありながら馬賊の攬把(ランバ・頭目のこと)として、ある時は単身拳銃を取って敵と戦い、ある時は百千の配下部隊を率いて山野を進軍した実在の人物、それが小日向白朗である。
馬賊、少なくとも正統的な遊撃隊の精神は仁狭の一語であると小日向氏は言う。仁は人をたすけ、狭は、命を捨てて人をたすけることであると言われたのだと。
仁侠の徒としての馬賊とは、馬に乗った泥棒の群ではなく、官の権力に対抗して武装せる農民たちの姿である。
小日向氏は、部分的な要約でしかなかった、これまで度々発表されてきた自らに関する書物とは異なり、忠実に網羅的にかつての冒険について書き起こされた本書によって、農民運動の一形態としての馬賊というものが周知されるであろうことを望んだ。

“大正五年。冬もさかりの十二月。小日向白朗はひどいすきっ腹をかかえて奉天停車場のホームにおり立った。年齢より二つ三つはふけて見えるものの、満で数えて十六歳。まだ紅顔の少年である。”
これが、本作の出だしである。
一体何故、そんな日本人の少年が満州などへ独りやって来たのか。
目的は、どこでもいいから、大陸横断の冒険旅行をすることであった。ロマンチックな夢想家が行動力に恵まれると、決定的に彼の人生は泰平無事と訣別させられる。
漠然たる野望を抱いて中国に渡った彼は、或る高級日本軍人の世話になり、北京で生活をしていたが、二十歳を迎えた頃、どうせ蒙古の奥地へ入るのならお国の為に働いてみる気はないかと誘われる。
陸軍機関員、つまり軍事探偵こそ、大陸冒険の王者ではないか。
白朗の胸は躍った。
生まれついての楽天家は、天涯孤独の一人旅に就く馬上の人となった。

旅に出て程なくして白朗は馬賊の一団に捕らえられた。
白朗にとって幸運と言えたのは、山賊、流賊の類いとは一線を画す「正当馬族」の捕虜となったことだった。
「馬族」とは、そもそも日本人によって名付けられたもので、正しくは「遊撃隊」と言うのが名称であり、住民の唯一の保護者たるものであったのだ。
馬族の大攬把に言われるまま、囚われの身から一転、白朗は馬族の一員となった。
畜生以下の扱いである下っぱ暮らしから始まった馬族での生活だったが、性質が元来明朗で人懐っこく、良く働いた白朗は次第に小隊長格の者たちと馴染んでいった。
こんな薄汚いコジキ暮らしより、戦闘に出て恩賞にありついてやる。死んだらなおいいや。
自ら戦に身を投じる道を選んだ白朗は、腕と度胸、それと天運を武器に草原を駆け始めた。

馬賊戦記
作者: 朽木 寒三
発売日:1982年8月15日
メディア:文庫本 

 

 

【書評】教育の裏に潜む人の業(ごう)『いじめの聖域- キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』

 決して一言では言い表せない複雑に絡み合ったボタンと紐の掛け違い。何故それが生まれるのか、に焦点をあてなければ、この問題は解決しないだろう。
 2017年に自殺をした高校2年生、いじめに悩むメモ。第三者委員会でいじめを認定するも、学校は不服として受け入れを拒否。現在も法廷に両親が提訴(損害賠償と学校ウェブサイトへの謝罪文の掲載を求める訴訟)している。
 両親の「この死を無駄にしたくない、風化させたくない」という思いが、物事を動かしている。いや、そういう声がないと動かない現実なのだ、と本書は述べている。

 私学は公立以上に名声や評判が即に経営に響いてくる。教師の入れ替えは頻繁でなく閉鎖的な職場環境であろう。本書にかかれた学校の対応は遺族側の目線ではあるが、そういった背景を思わざるを得ない。学校としても膨大な対応をしているが、どこか、ん?と思うところがある。例えば読んでいて解せないのが、担任含め現場の先生には当人の遺書にある加害者が知らされていない、ということだ。氏名が分からなければ、個別具体的な指導は出来ない。自殺後の学校としての指導は生徒全体、クラス全員に対する総論のみになっていたのだが、自戒を促すのみで良いのかという疑問は残る。

 人の命は重い。こうなってしまう前の予防策。こうなってしまったあとの再発防止策。そして独自性・自主性のある私立といえども学校教育の公益性・公共性をどう考えるのか、という構造を根本的に解決しないと、我々と我々の作る組織は変われないのではないか、との読後感に至る。

 いじめ防止対策推進法という法律の枠組も出来ているなかでのこの出来事。本書がより多くの人の目にとまり、教育環境を家庭、学校、社会全体が自分ごととしてより良く再構築することが、我々の使命ではないだろうか。

石川 陽一 著
出版社 文藝春秋
出版日 2022年11月10日

 

 

【書評】 その執着を捨てよう!『宇宙から突然、最高のパートナーが放り込まれる法則』

 女性の皆さまへ。タイトル・表紙からして悩める女性向けの本書。「宇宙から突然?そんな大袈裟な」と突っ込みを入れたくなるタイトルに、もしかしたらたいていの女性は眉をひそめるかもしれない。ただ、読みたい気分のとき、つまり少しだけ迷いのあるとき、悩める乙女気分のときにはかなり効き目がある、なかなかグッとくるフレーズも多い、、というのが読んだ実感だ。

 本書の論調は、基本的にはこだわり・執着を捨てることに尽きる。パートナーが浮気をしているかもしれない時。結婚後に恋愛時代と違い上手くいかない時。著者は「引き寄せ」に関する本も多く出しているブロガーである。執着を手放したら知らないうちに幸せを引き寄せられる。分かっちゃいるけど辞められない女性たちは、きっとこれらのフレーズに何度も接することで、いわゆる煩悩を捨てることが出来るだろう。
 例えば何年も付き合っているのに結婚の話が出ない。これは、結婚を焦らず狙わず、見返りを求めず、彼との毎日を楽しく充実して過ごしていれば最高のパートナーが自然に来ると解く。それは彼かもしれず他の彼かもしれない。相手を変えようとしない。そういう人だと諦める。世間一般の常識に囚われない。気にしないと上手くいく。結婚をゴールにしない。。と続く。

 −執着を手放すためには自分で自分を癒やす方法を知る、自分を好きになる、自分を幸せにし、満たし、大事にする−
 宇宙からの放り込み、つまり自然によいパートナーが現れること。それは毎日の生活で自分にきちんと向き合い、満足して生活していれば必ず来るのだ、そう思わせる本である。

著者 奥平亜美衣
発行日 2015/10/21
発行所 株式会社すばる舎