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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】こんなに泣ける漫画はそうそう無い。『岳』

 何かを読んで泣ける、そしてそれが漫画だというのは久しぶりだ。「死と隣り合わせ」という表現は、普通は自身がとてつもなく危険な目に遭う時に使うものだが、本書は文字通り、それ以上に隣り合わせだ。主人公は北アルプスで山岳救助ボランティアをしている。雪山遭難者を背負ってロープを使い崖を登っている、その最中にも、背中の遭難者が息を引き取ってしまう場面が珍しくない。常に自分の身の危険のみならず「死人」やその家族とも向き合う、生死と隣り合わせどころか共存せざるを得ない日常だ、、。
 
 そんな中でも体力・経験値ともに超人的な主人公・三歩は、人柄も大きい。雪に埋まり低体温になっても口を手で塞いでなんとか息を繋ごうとした遺体に「よく頑張った」と声をかける。道迷い後数日、缶詰を食べ尽くし、瓶にSOSを書いた紙を詰め川に流し、救助隊に発見され生きながらえた遭難者に「よく頑張った。」と声をかける。そして「また山に来いよ」という。
作者はこのように主人公・三歩を通し、山の厳しさと同時に圧倒的な魅力、極限状態の人間の知恵と頑張りを描いていく。

 ある一話では、会社を辞めて喫茶店を持った男が、店のコーヒーの味に迷い、活路を見出そうと北アルプス・燕岳を登る。しかし道に迷い二日たつと4月の山は吹雪に。力尽き木の陰の雪洞で三歩に助けられる。衰弱し出されたおにぎりは食べられないが、一杯のコーヒーで生気をとり戻す。「良く頑張ったね。」、、その後、自分のコーヒー・ツバクロブレンドの味がみつかり、三歩にまず一番に飲ませるために喫茶店の席を用意する、、。

 こんな、山を巡る一話一話。読者は時には厳しい教訓を汲み取り、時に登場人物への共感をしながら、鏡のように自分に向き合うだろう。命の尊さと儚さ、そしてリスクの管理手法、友を信じることや親子の愛、雄大な自然、長い地球の時間、と繰り広げられる光景には枚挙に暇がない。

 日本は山脈の島だ。少しでも山に登ったことのある人、ふるさとに山々の見える人。日本人ならそんな各々自分にとっての「山」を瞼の裏に見ながら何かを再発見できる、心が通った漫画である。

石塚真一
「岳」1〜18集
小学館 2007年