HIU公式書評Blog

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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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ぶぶづけ(お茶漬け)でも、あがっておいきやす。『イケズの構造』著者 入江敦彦(新潮社、2009/3/1)

Q 

クイズです。京都人に以下の言葉をかけられた時コーヒーが飲めるのはどれでしょうか。
A 「コーヒーのまはりますか」
B「そない急かんでもコーヒーなと一杯あがっておいきやす」
C「喉乾きましたなぁ、コーヒーでもどないどす」
D「コーヒーでよろしか」

A
Aこれは京都では挨拶です。「へえ、おおきに」と相槌を打ちましょう。
Bはタイトルぶぶづけパターン(笑)です。勧められたら京都では断らないといけません。
Cこれは大変です。疲れを見せてきてます。「疲れたわー、早よ帰れやー」ってことなので、撤収しましょう。
Dが正解となります。感謝して飲みましょう。

京都は好かれているが、京都人は嫌われている。その理由は「イケズ」だからと。本書ではその京都人の『イケズの構造』について解き明かす。

本書では京都のイケズ代表として「千利休」があげられている。それは秀吉との朝顔の逸話である。
秀吉が朝顔が見たくてやってくると決まっている日に蕾を全て落とし、茶室に一輪だけ用意。
そして、千利休は「花を見て待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや」
(訳: (まだ花が咲かない春が来ないと)待っているだろう人に、山里に積った雪のあいだにわずかに芽吹いた若草にも春は来ていますと見せたいものです。)
この歌も藤原家隆の歌であるのもイケズである。そして、切腹する前最後に立てたお茶を飲んだあと、不幸な人が使った茶碗は良くないと、河原に投げ捨て切腹。京都人という目線で歴史を見返すと歴史も見え方が変わる。

さて、色々と京都のイケズについて紹介されているが、イケズは人を傷つけないためだという。直接人に言いたいことを言うと傷つけてしまう。例えば場違いな店に来てしまったお客さんに対しては恥を書く前にやんわりと追い出す方が、その人は恥をかかずに済む。人間関係の中では時には「優しい嘘」をつくのも大切かもしれない。それを遠回しに酷いことを言う、排他的だと言われてしまっている。しかしイケズとは人のことを考え、町のことを考え、長い歴史を守り抜いてきた京都人ならではである。「まぁ、わかったはる人はわかったはるちゅうこってすな」。

https://goo.gl/jlvU6P

片思いは諦めても終わらない『ナラタージュ』著者 島本理生(角川書店、2005/2/28)

求められたい。壊れるくらいに。こんなにも誰かに対して恋をしたことがある人はいるのだろうか。


 高校生の時、部活の顧問に憧れた人は、多くはないかもしれないが、珍しくもないだろう。主人公の泉もそんな一人だった。しかし、泉のその想いは、あまりに大きなものだった。高校を卒業し、大学に入っても、消えることはなかった想い。それは、彼からの電話によって、再び意識させられることになる。後輩の部活動への協力を求める電話。そんな他愛もない電話から、泉は再び彼を強く意識するようになってしまう。


 葉山先生は、優しい。それ以上に、甘く、弱い人間だ。泉への好意を一度は隠そうとするが、結局、再会した泉に対して、自分の気持ちを抑えることができなくなってしまう。自分を求めてくる泉の狂気的なほどの愛情にほだされ、自制ができなくなってしまうのだ。拒絶の態度を示すことはできても、貫徹することはできないのだ。ずるずると甘えを許し、泉の気持ちを膨らませてしまう。


 続いてしまった関係を終わらせるのは、泉の方だった。先生への愛が大きくなりすぎていたこと、その先では、自分だけでなく、先生も破滅してしまうことがわかっていたのだ。自分のことはめちゃくちゃに壊してほしい。それでも、先生には壊れて欲しくない。健気では済まないほどの献身。そして、関係が終わっても、想いは過去にならない。いつまでも苦しい幸福を抱えながら生きていくことになるのである。


 私は、読み終わってから、全身から力が抜けるような感覚を味わうことになった。恋をするエネルギーとその醜い必死さ、その必死さに感じる純真な美しさ。そして失われた時の虚無感と無力感、絶望感。それを思い出した時の痺れるような感覚と、胸の痛み、流れそうになる涙。こんなにも心を激しく揺さぶられる小説はほとんどない。ぜひ読んでほしい。

https://goo.gl/8ivBXY

したたかに進化する『植物はなぜ薬を作るのか』 著者 斉藤 和季 (文春新書、2017/2/17)

植物成分といった言葉が持っているイメージ。”自然の恵み”、”自然からの贈り物”など、優しく、健康をもたらしてくれるものといった良いイメージを持っている人が多い。

しかし、これは人間側から見たときの勝手なイメージである。

植物の側から見たときは、どうだろうか。そういったことを植物はまったく考えていないとすると、植物はなぜ化学成分を作るようになったのだろうか。

本書は、そのような問いかけに答えようと、書かれた本である。著者は、千葉大学薬学部教授の斉藤和季氏で、薬学の世界に40年以上も関わっているとのことだ。

本書によると、植物は独自に発達させた生存戦略を持っている。同化代謝戦略、繁殖戦略、化学防御戦略の3つだ。同化代謝戦略とは、ここでは光合成のことであり、繁殖戦略とは、風媒花や虫媒花といった後代を残すための生殖活動のことである。そして、この3つの中で、本書のタイトルである『植物はなぜ薬を作るのか』につながるのが、化学防御戦略である。

植物は以下の化学防御戦略により、生き残ってきた。

・捕食者に対して、苦い味や渋い味、あるいは神経を麻痺させるなどの有毒な化学成分を作る
・病原菌に対して、その増殖を抑える抗菌性のある化学成分を作る
・日光や無機栄養塩などの必要な資源を競う他の植物に対して、その生長を抑えこむ化学成分を生産する

これらの化学防御戦略と進化により、結果的に人間にとって必要な薬を作り、人間を助けることにつながっていったのだ。

本書では薬が作られる仕組みの他にも、薬になった植物成分の身近な例やバイオテクノロジーによる植物成分の人工的な生産についての説明がある。また、所々で化学構造式が出てくるが、私のようにまったく理解できない人には、「挿絵やイラスト、マンガだと思ってください」と著者が言っているので、その点は安心してほしい。

それにしても、生存戦略をもって繁栄していく植物は、とてもしたたかな存在であることに間違いない。大地にしっかりと根を張り、生き続ける植物のしたたかさに思いを馳せるのも面白い。

社会の仕組みは、共同幻想!?『サピエンス全史』著者 ユヴァル・ノア・ハラリ(河出書房新社 、2016/9/16)

オバマ、マークザッカーバーグビルゲイツ堀江貴文池上彰絶賛の本、と聞いたら読まずにはいられませんよね。
そんな話題の本がサピエンス全史です。

アフリカ大陸の一隅で捕食者に怯えて暮らしていたホモ・サピエンスが、認知革命、農業革命、科学革命を経て地球上で繁殖し、生命設計のもと新たな超人を生み出そうとしているまでの歴史の過程がふんだんな事例、たとえ話とともに描かれています。

一番衝撃なのは、人類は虚構を信じることで集団を作り繁栄していったということ。
「宇宙に神は一人もおらず 、人類の共通の想像の中以外には 、国民も 、お金も 、人権も 、法律も 、正義も存在しない」
そう、私たちが信じていて当たり前だと思ってるものって全部サピエンスが想像で作り出したものに過ぎず、決して普遍ではないということを筆者ユヴァル・ノア・ハラリは突きつけてきます。
法律でご飯食べてる身ながら法律ではどうにもならないことに直面することも多くて、そんな中で人権とか正義とか法律とか結局虚構だよね、と言われるとすごく腑に落ちてしまう。ないものを形にする、信じる過程でどこかに齟齬が生じてしまうのは仕方がないことだから。

他に印象に残ったエピソードを紹介すると以下の通り。自分が普段もやもやと感じていたことが綺麗に言語化されていたりもしてます。
■小麦、稲、ジャガイモなどの植物種はサピエンスを家畜化し、繁栄した。
■鶏や豚などの家畜も数は増えておりその意味では生物として成功しているが、個体としては悲惨な一生を送っている。
■ヨーロッパは世界のはずれに過ぎなかった。しかし神や王が万能であり無知を認めなかったのに対し、ヨーロッパでは知らないということを認めることで科学革命が発生する素地ができた。
■「男らしさや女らしさを定義する法律や規範 、権利 、義務の大半は 、生物学的な現実ではなく人間の想像を反映している 。」
■「人間の力は再三にわたって大幅に増したが 、個々のサピエンスの幸福は必ずしも増進しなかったし 、他の動物たちにはたいてい甚大な災禍を招いた 。」
■人類は、生命を設計して作り出すことを始めた。これにより、ホモ・サピエンスそのものを変えようとしている。

とにかく作者のハラリさんの知識の豊富さに裏付けられたエピソードが満載なのが飽きさせないし、生命保険の起源とかも出ていて、本を読んだ後にドヤれる話がいっぱいなのも素晴らしい笑
ゴールデンウィークに予定のない方や、旅行で移動時間が長い方は是非トライしてみてください!

本当に豊かな生き方とは『天才柳沢教授の生活』 著者 山下 和美(講談社、1989/9/22)

主人公の柳沢良則はとある大学の経済学部教授である。歩くときはいつも直角に曲がり、夜の9時には就寝、朝の5時半に起床、という規則正しい生活を送ることを特に重要視している。

しかし、彼は決して機械のような人間ではない。むしろ、誰よりも豊かな感性を持ち、幸福であると言える。特に、好奇心は大変強く、疑問を持てば、子供に対しても問うことを厭わない。これはすごいことだ。多くの人は、知らないことでも知ったかぶりをしてしまうものだ。特に、子供に対しては、なんでも知っているように振舞ってしまう。彼は、知らないことは知らないと言い、共に疑問を感じた人物と協力してその疑問を研究しようとする。彼は疑問が解けた瞬間に至上の喜びを感じ、そのためなら、人道に反しない真似であれば、恥ずかしい、などと感じることはない。これは、プライドがないからではなく、相手を尊重する気持ちが強く、それは、相手が幼児であったとしても、崩すべきではないと考えているのだ。

他の登場人物にも、魅力的な人物が多い。その中でも、特に紹介したいのが第68話に出てくる夫婦である。この夫婦は、両方とも研究者で、夫は元大学長で、妻も教授になったばかりであった。しかし、妻は教授になってすぐに、大学を辞めてしまう。これを惜しく感じていた柳沢教授は、半年後にその夫妻の家を訪れる。そこで彼が目にしたのは、夫の専攻であった植物学を学ぶ妻と、妻の専攻であった経済学を学ぶ夫の姿であった。夫婦は、愛し合い、相手のことを知るに連れ、相手の研究分野にも興味が湧いたのだ。築き上げてきた地位よりも、より深く知りたいと思ったことをより学ぶことのできる環境を優先する、その思い切り。相手のことを知るにつれ、その研究分野にも興味を持ち、研究するほどの好奇心。その姿をみて、柳沢教授は、彼らの飽くなき学問欲に感嘆し、満足気な笑みを浮かべるのである。そして、帰路、彼は空き地に咲いた名も知らぬ花をノートにスケッチし、「この花の名は?」と書き込むのである。

自分の興味をとことん追いかける楽しさ、その喜び、そして新たな分野に疑問を持つ素晴らしさを、柳沢教授を通じて体験することができる。本書は、本当にやりたいことをすることに対し、不安を感じている人にほど読んでほしい名著である。

あなたは操られている『コミュニケーションのための催眠誘導』著者 石井 裕之(光文社、2006/5/2)

「なんとなく」好きになった人と付き合った経験はありませんか?
なんでこの人が好きなのかうまく言葉にできない。
そういう経験は誰にでもありますよね。

いつも食べているお菓子を買おうとしたけど、なぜか横にあるチョコレートを買ってしまった。「なんでそれ買ったの?」と聞かれてもうまく答えられない。なぜならそこに論理的な理由はないからです。「なんとなく」そう感じてしまうのです。

では、この「なんとなく」はどうして起こるのでしょうか?

本書では「なんとなく」がなぜ起こるのかを解説し、そしてこの「なんとなく」の使い方を教えてくれます。つまり「なんとなく」を意識的に相手に起こせるのです。

この最強のスキルを紹介するのは、「コールドリーディング」という技術を日本に広めた石井裕之さん。

「コールドリーディング」とは占い師が使うテクニックの1つ。占い師が相手の過去や性格をドンピシャで当てたりしますよね?あれは知っていれば誰にでもできるテクニックなのです。超能力も水晶も必要ありません。その技術を日本に広めたのが著者です。

とは言え、習得するのが簡単ではありません。楽に会得できるなら今ごろ大金持ちやモテモテの人が世の中に出回っているはずです。本書を読んで学べるのは、自分の欲しい結果に相手を少しづつ誘導できるスキルです。決して魔法ではないのです。

人を騙したり操ったりするテクニックでもありません。コミュニケーションを円滑に行うためのスキルです。そのことを忘れずに本書を読んでみてください。あなたのこれからが、きっと変わります。

好きなことに没頭しよう『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』著者 落合 陽一(大和書房 2017/3/25)

「テクノロジーが可能にすること」と、

「人間のできること」の間に壁を作ることの無意味さに触れている。

 

筆者の落合氏は、

インターネット技術を管理することとそれらに管理されることには、

本質的な上下関係は無いとしている。


既存の人間の活動(クリエイティブ含も含まれる)の多くがテクノロジーに移行される中、

これから「人間」はどのようにあるべきなのか、

本書では「生き方」「働き方」「生活習慣」の3つのパートに分けて論じている。


一つ「生き方」の章の主張を取り上げるのであれば、

「遊び」が重要になるという。

これからは「合理性」や「正解」は、テクノロジーによって民主化される。

それらを排除した上で、人間の取り分の一つは「遊び」だ。

徹底的に遊び尽くし、そこで得られる価値を社会に提示していく。

そこで重要なことは「報酬」という指標だ、遊ぶことで得られる報酬とは何か、個々人が定義する必要がある。何を報酬と考えるかによって、世界との関わり方は変わるだろう。

 

本書では「パイロットスタディ」という考え方を勧めている。

入念な準備に時間をかけるよりも、まずは小さく不確かでも動き出そうという考え方だ。結果から見えることは多い。

「100の見聞よりも1の行動」は、これからの世界を良く歩くための重要なスキルだ。

 

AIの役割か人間の役割かを考えることに消耗するくらいなら、まずは小さな1の行動を起こそう。

カッコよく居酒屋で飲みたい!『オータ教授の居酒屋ゼミナール―そうだったのか、居酒屋』著者 太田和彦(ぴあ、2010/8/1)

著者の太田和彦氏は居酒屋探訪家として数々の居酒屋本を出しているが、本書は少し異なり「居酒屋の楽しみ方を教えること」にコンセプトを置いた本である。

オータ教授(太田和彦氏)は「居酒屋五ヶ条」を九講義、45名店を通して伝えていく。

「居酒屋五ヶ条」

第一条 自分達だけで騒ぐな
第二条 注文は早く
第三条 食べ物は残すな
第四条 年長者を敬え
第五条 携帯電話禁止

シラバスは以下。
第一講 ビールが一番!
第ニ講 日本酒を味わう
第三講 肴を注文
第四講 愉快に飲む
第五講 大衆居酒屋に浸る
第六講 彼女と飲む
第七講 男は(女も)立ち飲み
第八講 穴場の名店
第九講 大人の居酒屋

以上の講義を通して教授は大人の居酒屋学を伝える。またオータ教授の授業は毎回課題が出る。第一講の課題ではビヤホールに行き、サーバーの近くを陣取り出来立てのビールを飲むこと。第ニ講の課題は自分の日本酒の好みを探すことなど。そして最後には修了試験もある。厳しい試験をクリアした後は居酒屋でカッコよく愉快に飲める大人になれるであろう。

本書は、居酒屋でカッコよく呑める大人になりたい方。彼女との居酒屋デートをカッコよくこなしたい方。東京の居酒屋の名店を知りたい方にオススメである。

https://goo.gl/pgY7mQ

ワインを勘で選んでいるあなたへ『図解 ワイン一年生』

本書は漫画を使いながらワインを品種ごとに擬人化することによって説明したワインの入門書である。まずは登場人物を何人か紹介する。

メルロー(おっとりまったりお姉様。渋味、酸味が控えめでまろやか)
カベルネ・ソーヴィニヨン(どんな役目もきっちりこなす優等生。渋味が豊富な赤ワインの王道)
シャルドネ(人懐こい、みんなのアイドル。産地や造り手によって味が大きく変わる。)
リースリング(分かりやすいツンデレ娘。キリッとした辛口や、酸味とのバランスが良い甘口になる)
以上のように擬人化された34キャクターによって品種ごとの性格を学ぶことができる。

また、全てのお酒に言えることではあるが、お酒を楽しむにはロードマップが必要だ。ステップを飛ばしては楽しむことができず、自分の好きな味を見つけることができない。本書では「まずはこれを飲め」、「これが好きならこれを飲め」と言うように入門者にとって非常に分かりやすい道順が記されている。まずは本書の言う通りに飲んでみる。そして飲んでいるうちにワインの世界にどっぷりと浸ってしまうだろう。

また、本書が出版されているサンクチュアリ出版は「本を読まない人のための出版社」を目指している。月に一冊ずつの発売を行なっていて年間購読メンバーになると全ての新刊が届き、また電子書籍も全て読み放題という面白い試みや、他にもアンケートなどのやりとりからオススメ本を(出版社問わず)紹介してもらえるシステムもある。

本書は店に入ってワインを飲むときに何となく勘で選んできた人にとにかくオススメである。本書は間違いなく世界一簡単なワインの入門書であろう。また、ワインが好きな人も本書を読むことで入門者へのワインの説明の仕方を学ぶことができる。本書によりワイン愛好者が増えれば幸いである。

 

サンクチュアリ出版:https://goo.gl/J9vY69

 

図解 ワイン一年生 (SANCTUARY BOOKS)

図解 ワイン一年生 (SANCTUARY BOOKS)

 

 

物語の終わりとは、友人の死。『放浪息子』 著者 志村貴子(エンターブレイン 、2003/07)

志村貴子は変な漫画を描く。抑揚がなく、起承転結らしい物語もない。しかし、人がただ生きている姿、その細かな機微を豊かに描ける人だ。

放浪息子』の登場人物たちは10年の連載の中でどんどん年齢を重ね、考え方も好きっだった人も変わっていく。私たち読者は彼らを見守り、ああこの子大きくなったなあ、と思う。連載漫画とは不思議だ。自分の過ごした時間を共有している。雑誌派の人は毎月、単行本派は一年に数度、顔を合わせる。そしてまた早く会いたいな、と思う。

男の娘という言葉が出てくる前に、女装少年を描いた漫画がある。やぶうち優少女少年』(1998)、吉住渉ミントな僕ら』(1998)、そして志村貴子放浪息子』(2003)だ。『放浪息子』の主人公、二鳥修一は女装が好きな少年。

ただこの漫画では男の娘はあくまで要素だ。描かれているテーマは月並みな言葉で言うと思春期の揺らぎであり、成長への抗いだ。登場人物の10代特有の恥ずかしいという感情は誰もが経験していることであり、読者の頰を焦がすことだろう。

1巻では小学生だった修一も最終巻では高校生になっている。あんなにいやがっていたスネ毛も生え、声も低くなった。
だけど女装を理解してくれる彼女はいる。終盤、高校生になった修一は、自分のことを描いた物語を書こうと決める。

特に印象に残ったシーンがある。修一が自身を書いた文章を恋人に見せたときだ。読み終えると彼女が「なんだかシュウが死んじゃうみたい」「死なないで」と涙する。

私はこの場面に出くわすまで物語の終焉とは、未来の提示だと思っていた。物語は、終わる。長年続いた連載も終わる。しかし彼らの人生は続き、ただ幕が下りるだけだと。

だがそれは違う。物語の果てとは、長く愛した登場人物たちの死だ。閉幕後の命など本当はどこにもないし、彼らは消えるのみだ。絵と文字の間に、読者は登場人物の鼓動に身を重ね、ひとりの人間として想う。

物語を読み終えることは、ひとつの死を見送ることだ。