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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】そこに立ち尽くした長い長い時間、私の目は何も追ってはいなかった。見るべきものは何もなかったからだ。『トラブル・イズ・マイ・ビジネス チャンドラー短篇全集 4』

全集の最終巻である。
レイモンド・チャンドラーの全中短篇を、何名かの翻訳者に割り振っての新訳を施して年代順に編集した全集もいよいよ完結だ。
1938年から1939年前半にかけて発表した五篇の中短編が収められた第3巻は既読の作品のみであったので、流石に目次に目に通してそれ迄とした。
本書では1939年後半以降に発表した八篇の中短篇と二篇のエッセイが収録されている。

実はチャンドラーの中短篇は、最初は別の名前の主人公だったものを、後年フィリップ・マーロウに変えて再掲したものが多い。チャンドラー自身は、主人公は処女作以来一貫した人物として書いた積りだと述べているので、名前の違いは大した問題ではないのであろう。
但し、短篇全集 1に収録の「スペインの血」と、短篇全集 2に収録された「シラノの拳銃」、それから本書に於ける「待っている」の主人公等は絶対にマーロウとは別人だろうというのは個人的に思うところではある。
そんな作品群の中で、「マーロウ最後の事件」のみが初めからマーロウを主人公にした唯一の中篇である。加えて、チャンドラーの死後に発表された遺作と呼べる作品なのである。

また、エッセイは別として、「青銅の扉」と「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」はいつもとは変わった作風で、探偵推理小説ではなくダークファンタジーといった趣きのものだ。特に「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」に至っては、三人称形式ながら登場人物の心情にも筆を入れており、ハードボイルドスタイルを排した作品と言える。
本書に於ける未読作は、「イギリスの夏」と「バックファイア」である。前者をチャンドラーは「ゴシック・ロマンス」と称したと言う。確かに全編を通してかなりメロドラマ的で、このことも、更に探偵物でもないこともチャンドラー作品としては奇異なことではあるが、それよりも何よりも舞台がイギリスの地というのは他には無い大きな特徴だ。イギリス人を評するチャンドラー目線がそこかしこに挿し込まれるのも面白い。
そして後者は、映画の企画用に書き下ろしたものなのだと言う。買い手が付かなかった為に脚本化されることもなく、この粗筋のまま僅かに出版されたのだそうだ。
稀書の数々を読む機会を得ることが叶った全集であったが、これらの発刊のきっかけとなった村上春樹の新訳本出版には敬意を表するところである。

収録作品
「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」 訳:佐々田雅子
「待っている」 訳:田口俊
「青銅の扉」 訳:浅倉久志
「山には犯罪なし」 訳:木村二郎
「むだのない殺しの美学」 訳:村上博基
「序文」 訳:村上博基
「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」 訳:古沢嘉通
「マーロウ最後の事件」 訳:横山啓明
「イギリスの夏」 訳:高見浩
「バックファイア」 訳:横山啓明

トラブル・イズ・マイ・ビジネス チャンドラー短篇全集 4
作者:レイモンド・チャンドラー
発売日:2007年12月15日
メディア:文庫本