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【書評】射たれたら死ぬんだって覚悟なら、いつでもできている。『チャンドラー短編全集4 雨の殺人者』

この短編全集シリーズには各々巻末に訳者あとがきが掲載されているが、本書では特別にあとがきの他に、訳者による「フィリップ・マーロウ誕生の前夜」が寄せられているのだが、これがいかにもこの全集の最終巻に相応しい。

レイモンド・チャンドラーの長編作は、幾つかの中編作を元にしていることが殆どなのであるが、その組み合わせ方を読み解くのもなかなか一興である。
本書に取り上げられている「雨の殺人者」は、チャンドラー初の長編作である「大いなる眠り」で主となる事件のあらましがコンパクトに描かれているし、続く「カーテン」は、おお、後の傑作長編作「長いお別れ」はこれが元になっているのかと読み進めてみれば、それはほんの出だしだけで、直ぐに登場人物達の造形迄を含めて、これまた「大いなる眠り」に活かされて、膨らまされている内容であったことに驚いた。中編作を組み合わせるだけでなく、一作の中編作が二つの長編作へと枝分かれしているというのだから、誠に面白い転用例ではないか。

「ヌーン街で拾ったもの」は、チャンドラーの小説ではしばしば登場するハリウッド映画界を巡る話だが、主人公が潜入捜査専門の刑事というのはちょっと珍しい。俳優、ギャング、荒くれ者、そして或ることに利用されようとしている若い女。最初はごくお手柔らかに運ばれた計略の筋書が、たまたま主人公が居合わせたことからいっぺんに荒っぽくなる。クールでドライな一作である。

「青銅の扉」は、ロンドンを舞台にしているところが珍しいダーク・ファンタジー
初老の小心者、そんな印象の主人公は、散歩の途中で一昔前の流しの馬車に遭遇する。そんな不思議な体験の後には、骨董屋で更に不可思議な青銅の扉に出逢うのである。彼は一瞬の誘惑の念を胸にその扉を買い求めた。

最後に控えし「女で試せ」は、長編作第二作目「さらば愛しき女よ」の原型だ。あの愛すべき巨漢ムース・マロイは本作ではスティーヴ・スカラと名付けられている。

そして、「フィリップ・マーロウ誕生の前夜」だ。これには、チャンドラーの出生から、両親の離婚によりイギリスへ渡ったこと、イギリス人の或る種の陳腐さに飽いて二十三歳で再びアメリカに戻ってきたこと、第一次大戦でカナダで志願し戦争に赴いたこと、ロスアンジェルスで石油会社で実業に於ける成功をしたことや、石油業界に見切りを付け、齢四十五にして小説家に転身する第一歩を踏み出す迄が書かれている。
それからチャンドラーは、二十二の中短編と七つの長編作を残すことになるのである。

収録作品
「雨の殺人者」
「カーテン」
「ヌーン街で拾ったもの」
「青銅の扉」
「女で試せ」

チャンドラー短編全集4 雨の殺人者
作者:レイモンド・チャンドラー,(翻訳)稲葉 明雄
発売日:1970年9月25日
メディア:文庫本