げげげ。なるほどそうか、もう約40年前の作品になるのか。矢作俊彦の割りかし初期の名作の一つ。ハードボイルド小説である。
であるので、事件が起こってそれが物語の中心となるのであるが、なかなか変わった主人公設定がまず記憶に残る一冊だ。
主人公の「私」は、かつて検察事務官をしていたが、今は駐車場屋。関内のクラブ街に路上駐車している58台の月極顧客の車を1〜2時間ごとに少しずつ動かし、駐車違反から逃れさせることで生計を立てている。顧客のほとんどはホステスか水商売がらみで、警察には、かつての人脈を上手く使いなんとか黙認させている。
その夜の街に生きる男「私」が主人公である中編三作を一冊にまとめたのが本書だ。
「船長のお気に入り」
店の客が人探しをしているので助けてあげて欲しい、とクラブのホステスから頼まれ、19歳の女子大生の行方を探し出す。しかし、手がかりは「中華街のDアヴェニューを歩いていたようこという名の女」それだけだった。
「さまよう薔薇のように」
絢子というホステスがふいに姿をくらました。駐車場屋は、知り合いの県警本部の防犯部長からその女のスペアキーを渡して欲しいと依頼を受ける。彼女は顧客の一人なのだった。
どうやら彼女はある犯罪に関わっているらしく、当てにはしていないが、一応車の中を改めたいとのことだった。
駐車場屋は、キーは渡したが、他にもまだ差し出すべきものを手の内にしたままだった。それが災禍を呼ぶ。
「キラーに口紅」
顧客の車のトランクから死体が出てきた。
何故トランクなんか開けたのか。死体のマフラーの端がトランクの蓋からはみ出ていたのだ。
駐車場屋には全く見知らぬ男の死体。見なかったことにして、難から逃れようとするが、トラブルを避けることは叶わなかった。
という具合に、刑事でも探偵でもない主人公は、稼業絡みから事件に巻き込まれていく。
矢作俊彦と言えば、優れた比喩表現、洒落て気取りの利いた科白、巧みな節回しが定番であるが、初期のハードボイルド作品であるにも拘らず、本作ではドライな軽妙さも加味されている。
そこに中編揃いということも相俟って、すっきりとした印象を受ける三作だった。
しかし、本作を本当に楽しめる人は限られてしまうかもしれない。
何故ならば、関内を中心に、末広町、黄金町、加賀町警察署、馬車道、元町、本町通りなどなど、横浜の地名が当たり前の様にやたら出てくる。しょっちゅうその界隈に足を運んでいるこの身としてはその辺りも楽しめるポイントなのであるが、さて、土地勘が無い方にとってはどうかな。
横浜に住む者に与えられた特権ということにさせていただいておこう。
さまよう薔薇のように
作者:矢作俊彦
発売日:2005年11月25日
メディア:文庫本