1990年代以降、従来のハードボイルド小説作家の枠から抜け出した矢作俊彦が1997年に刊行した本書は、ハードボイルドどころか、もうSF作品である。改変歴史(オルタネートヒストリー)モノだ。
第二次世界大戦の終わりっ端の1945年7月18日、ソビエト軍が満州に侵攻。8月4日には北海道に上陸。
パニクったアメリカ軍は、8月17日、原爆を腹に抱えたB29を出撃させる。悪天候により本来の目的地であった新潟への投下を諦めるも、事故により富士山火口に原爆が落下、富士山が消失。
9月24日、東経139度線を境に西側を米国と英国、東側をソビエト連邦が占領し、日本は分割統治された戦後を迎える。
西と東の境目には高い壁が建てられ、双方の交流は無くなってしまっていた。
西側である「大日本国(The Japan)」は、世界有数のメディア・コングロマリットである吉本興業の創業者一族が総理大臣となり政治を司り、主だった日本企業がアメリカ企業を旺盛に買収して繁栄を謳歌しているが、一方の東側「日本人民民主主義共和国」は社会主義国家となっており、ソ連同様に経済は停滞、国民の生活は貧しかった。
と、まぁ、もんの凄い想像力を以て作られた設定にまずおったまげである。
さらに、その架空の分断国家日本に於いては、三島由紀夫、中曽根康弘、長嶋茂雄、加山雄三、北島三郎、明石家さんまなどの実在の人物が、実際とは異なるキャラクターを纏ってどかどかと登湯し、どこまでが本気なのか冗談なのか区別を付けるにはなかなか難しい独特のパロディとスラップスティックめいた活劇が繰り広げられていく。
主人公「私」はアメリカ在住の黒人である。CNNの特派員として、彼は日本への出張を命ぜられる。
彼が抜擢された理由は、学生時代にライシャワーに師事していたので、日本語と日本文化の知識に長じていた為であった。
しかし、彼は自らの日本語の語学力を恥じていた。何故ならば彼の話せる日本語は「東京弁」であった。
そう。戦後の日本は、アメリカの庇護の下、西側が発展。標準語は「関西弁」となっていたのだ。
「昭和の終わり」を取材するという表向きの名目によって西側に派遣された彼であったが、真の目的は東側の反政府ゲリラの党首である田中角栄へのインタビュー取材であった。田中サイドからの接触に応じた彼は、西日本から東日本へと突入を果たす。
そこでは権謀術数、闘い、そしてロマンスまでもが彼を待ち構えており、冒険小説としても爆発的な盛り上がりを見せるのであった。
この、壁まで建てての分断国家日本という設定は、例えば『仮面ライダービルド』など、他者による何らかの作品でも度々見受けることがあるが、その度、本作にインスパイアされてのことなのではないかと邪推してしまう。
それほどの無類の傑作である本作は、1998年Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、著者の代表作の一つとされているのである。
あ・じゃ・ぱん
作者:矢作俊彦
発売日:2009年11月25日
メディア:文庫本