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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】ハードボイルド作家のこれまたびっくりなる転身。『スズキさんの休息と遍歴―またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行』

 

矢作俊彦は1972年に小説家デビューした。
流麗な文体、レイモンド・チャンドラーを彷彿とさせる比喩表現などを絶賛され、ネオ・ハードボイルドの旗手として名を馳せた。小説以外でもラジオドラマの脚本、漫画の原作、ラジオのパーソナリティーや、映画監督などと幅広く活動をしていたが、いずれの作品もハードボイルドをそのジャンルの前提としていた。
しかし、それも70年代、80年代までのこと。1990年代以降は作風の幅を大胆に広げ出した。

私は、たまたま古本屋で見かけた妙なタイトルの小説でそれを知った。本書だ。
久しく著者の作品から遠去かっていた私は、1ページ目を開いた瞬間から度肝を抜かれた。
これは・・・全くハードボイルドではない。いや、それどころかコミカルタッチの娯楽小説ではないか。
さらに読み進めると、これは純粋に小説と言って良いものかさえ自信が持てなくなってきた。
それほど実験的な作品だ。
見れば判る。
としか言いようがない。

しかし皮肉なものだ。
後年、別の作品で三島由紀夫賞を獲った際に、作家 筒井康隆は自らのエッセイで「彼もやっと受賞できたか」と言っている。筒井氏によれば、既に本作を以って賞に推したのだったが、他の審査員の中に激しく拒絶を示した者達がいたため、その際の受賞にはならなかったと述べている。
大作家先生様方から、それほどあからさまに疎んじられるほどの独特な作品という訳だ。
そして、NHKでドラマ化もされ、そのドラマはなんとギャラクシー月間賞を受賞してしまっている。

あらすじは、うううん、書くにはちょっと難しい。
とにかく、元学生運動の活動家で、今は広告会社の副社長のスズキさんと息子ケンタのひとときの冒険譚、それこそ騎行の物語とでも言っておこう。
なお、副題にある「ドーシーボー」というのは、フランスのシトロゥエン製の前輪駆動方式の乗用車「2CV」のおフランス語読みである。非力ながら、ペケペケペーと2ストバイクの様なやかましさで走る、極めて独創的且つ、合理的な設計の小型大衆車なのだ。

で、と。
お薦めしたい一冊だ。
但し、スズキさんのアクの強さにアテられない様には、どうぞご留意のほどを。


スズキさんの休息と遍歴―またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行
作者:矢作俊彦
発売日:1994年7月1日
メディア:文庫本