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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】ドライのギブソンをダブルで。『舵をとり風上に向く者』

 

初出が1986年。
まだ、著者である矢作俊彦が、概ねに於いてハードボイルド作家として扱われていた頃合いであろう。
ただ、この短編集に於いては銃にも暴力にも出番は無い。
有るのは、端正な文章と、小気味の良いセリフと、上品さ、それから車だ。
14作の短編たちには、それぞれの登場人物がおり、またそれぞれに車が登場してくる。
この短編集は必ず車が出てくるのが一つのキマリゴトなのだ。
ただ、物語を廻していくのは人々である。

それは、姉の元カレの車で、共にドライブに出かけた少年だったり、深夜のバーに於けるバーテンダーと紳士だったり、三年振りに街角で偶然会った元恋人同士だったり、庭先で会話をする六十過ぎと高校生との友達関係の二人だったり、時には、米軍キャンプへ迷い込んだ三輪車に跨がる幼児だったり。
そんな彼ら、彼女らのほんのひと時の遣り取り、会話を中心とした寸劇に、上手い具合に車が花を添えてくれるのだ。
ロータス・コーティナ、ヴァンデン・プラ・プリンセス1300、スカイラインGTB、キャディラック、ルノゥ5アルピーヌ、レインジ・ローヴァー、MGA、ダットサン510、DKW1000Sp、ジャギュアフェラーリ・・・。

矢作俊彦の著書で言えば、他にも後年、車の登場がキーになっているものとして、『夏のエンジン』という短編集も上梓されている。
考えてみれば、『マイク・ハマーへ伝言』や『スズキさんの休息と遍歴 またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行』などの著者の長編でも、かなり車の役割が大きい作品もあった。

かつては、車には人々が希求せずにはいられないものがあって、人それぞれのドラマとも、もっと密な関係だったのかもしれない。
簡単に言えば、愛着というものだ。
そんなこと、現代では似つかわしくもないことなのだろうが。
その頃の気分と言うものを本書から感じた時、貴方はそれをどの様に理解するだろう。

舵をとり風上に向く者
作者:矢作俊彦
発売日:1992年5月25日
メディア:文庫本