シェークスピアの芝居を一度でも見たことのある人はどれくらいいるのだろうか。前書きで著者は"まるで学芸会のようだと思われたのではないだろうか。シェークスピアの芝居の筋立ては童話のようだし、演技も大げさだから学芸会に思えてしまう"と述べるに留まらず、"退屈を通り越して腹が立ったのではないだろうか"とも述べている。
シェークスピアの作品で魔物や怪物は登場するが、妖精が登場するのは『夏の夜の夢』くらいである。なぜ本作品だけ妖精が出てくるのか?私はシェークスピアという名前と作品名を知っているに過ぎなかったが、この前書きで『夏の夜の夢』ができた背景を知りたくなってきた。
ドタバタ喜劇である『夏の夜の夢』。実は、結婚式の余興として時の権力者がシェークスピアに依頼された物だった。何を演じても馬鹿受けするか、上品にほほ笑むかのどちらかである結婚式の余興、シェークスピアはたっぷりの香辛料となる権力者への皮肉を利かせて招待客が冷や汗をかくのを臨場感として仕掛けたというのだ。
たしかに結婚式の余興と考えるとタブーとされる言葉やシーンがあり、権力者から不興を買うのではないかと招待客だったらハラハラドキドキ不安になりそうである。
シェークスピアは権力者への反抗を、物語をまぶして学芸会のような余興にすることで権力者の怒りを抑えた。かのシェークスピアが宴会の余興に命を懸けたというのはとても興味深い。
絵本のような妖精を登場させることにより、芝居を「絵空事」にして権力者の怒りをまんまと回避したのであった。この一回限りの余興だったからこそ、様々な演出家が試行錯誤を繰り返して新たな臨場感作り出すことに成功して、『夏の夜の夢』や『真夏の夜の夢』として今でも演じられているのであろう。
さてこの書評いかがでしたでしょうか?皆様がたのお目をもしお気に召さずばただ夢を、見たと思ってお許しを。