全然自分のことを見てない、自分にまったく興味のない変な人が、それぞれ勝手に変なことで悩んでたり変なことしてたら。それだけで、なんだか楽になるのかもしれない。
周りのするようにし、周囲から浮かないように、社会からはみ出ないように、「普通」の生活を送る努力をしている主人公、百合。
会社では上司にびくびくしてしまう。高校の頃は周りに合わせて流行を追いかけ、苛めにまで加担していた。今では恋人さえ自分の価値観で選べない。
常に周りの視線が気になり、世界に怯え、自意識でがんじがらめになって、もはや身動きがとれなくなっていた。
そんな中、ある出来事をきっかけに会社を辞めた百合は、雑誌で見た瀬戸内海の島へ一人旅へ行くことを決意する。
そして滞在先のホテルで出会う二人の男。うだつのあがらない四十すぎのバーテンダー坂崎と、金と時間だけは豊富にあるが、男としての魅力が全くない外国人のマティアス。
そんな二人の悩みに一緒に向き合って、というより一緒になって遊んでいるうちに、百合はいつの間にかすっきりと身軽になっている自分に気づく。
なんて簡単な。と読者は思うかもしれない。けれど、思いがけないやり方で誰かに助けられたり、気づいたら胸のつかえがとれていたってことは、結構あると思う。
百合の場合、向ける目線を、自分ではなく他者に変えることで、ふっと肩の力が抜けて、カチカチだった心がほどけていったのかもしれない。
最初は他者をどこか批判的な目で見ていたのが、だんだんと母親のような愛情の目で見ることができるようになっていく。
思うに、人は何かを取り入れようとしすぎるのではないか。自分にばかり目を向けて、常に何かを足していこうとする。そうしているうちに、がんじがらめになって、身動きが取れない状態になる。
吸収すること、身に付けることだけが、人間にとって尊い行為なのではない。何かをかなぐり捨て、忘れていくことも、大切なのだ。