日本文化や芸術から生命科学まで。知の宝庫であり、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長、現在は角川武蔵野ミュージアム館長でもある著者・松岡正剛は、ネット上でブックナビゲーションサイト「千夜千冊」を20年以上続けている。本書はその中からテーマ別に分かれた文庫の一冊だ。
初期のロボットからAI論まで、多岐にわたる「電子の社会」を切っていく。
そもそも書評や映画評など評論の読み方、味わい方は、その本を既に読んだか、映画を既に見たか、著者や背景を知っているかなどで必然的に大きく二つに分かれる。
一つ目は、既読の本、視聴後の映画や、多少の知識ある分野や人物について「この評者はどこをどう評価しているのか」を楽しみ、自分との見方の違いの発見や知識の深掘りを楽しむもの。
もう一つは、自分が未知の本や映画、知識をネタバレに注意しながらも単純に知っていき、知的好奇心を満たすことを楽しむもの。勿論、次の読書や鑑賞映画を選ぶ参考にするのが前提だ。
本書の場合は大抵の読者は後者が多くなるのではないか。なぜなら著者の博識からくる、幅広い対象本と知識、そして文章力がバックボーンにあるからだ。なんと「千夜千冊」は
・著者1人につき、取り上げるのは1作品
・同じ出版社や同じ分野を連続させない
・初めて読む本も入れる
というルールを自分に課した書評である。つまり古今東西1000人の作品が対象なのだからいかに幅広いかが分かるだろう。さらに書評であるのに本編を読まずとも面白い文章力、どんなものかは、千夜千冊サイトをみて欲しい。https://1000ya.isis.ne.jp/
さて、たまに自分の既知の事柄が出てくることで書評の楽しみのうちの前者が味わえる。評者の場合は日本のアンドロイドの研究第一人者、石黒浩氏の「アンドロイドサイエンス」のブックレビューがその一つであった。ロボット工学では、たとえばドアノブを金属そっくりのゴムで作ると、触ったとたんギャッとなる、つまりあまりにそっくりだとかえって気持ち悪くなる現象がある。これを解決するため本人そっくりのアンドロイドに動きを取り入れ、目元や肩の動きを伴うようにしたくだりが丁寧に示される。彼の関わった、例えば、埼玉・深谷の渋沢栄一のアンドロイドを見たことがあるだけに、私として前者の味わいが出来た部分である。著者松岡は、大変好意的に、石黒がいかにアンドロイドフェチになったか、を石黒本人そっくりのアンドロイドを作ったときの心境から解いていき面白い。
角川武蔵野ミュージアムの書店には館長松岡正剛のコーナーがあり、千夜一冊エディショシリーズの文庫がずらりと並び圧巻である。どれから買おうかとても迷いワクワクしたのを覚えている。どの分野にも造詣が深い書評の数々、千夜一夜サイトからその一部を是非ご覧いただきたい。