1922年にデビューし、アーネスト・ヘミングウェイを祖とするハードボイルド手法を、推理小説に持ち込んで成功させたのはサミュエル・ダシール・ハメットであったが、続いて1933年にハメットと同じく、推理小説パルプ・マガジン『ブラック・マスク』誌でデビューを果たしたレイモンド・チャンドラーは、それまでゴミ扱いをされていた推理小説を文学に引き上げた、ハードボイルド推理小説界の圧倒的存在である。
1939年発表の本作「The Big Sleep」は、そのチャンドラーの処女長編であると同時に、彼の作品に於いての、と言うより、ハードボイルド小説の世界に於ける最も重要な主人公である私立探偵フィリップ・マーロウの初登場作品でもある。
マーロウは出現と同時に一躍有名になった。そして、生涯で7作品しかないチャンドラーの長編小説の主人公は全てマーロウであったのである。
そのスタイルは常に一人称形式。ストーリーはマーロウの視点で描かれ、また、余計な心情の吐露を取っ払った客観的な文体は、ストーリーを分かり難くさせている節もあるが、チャンドラーの長編作品群はハードボイルド小説史上の古典として高く評価されている。
大富豪スターンウッド将軍家に招かれたマーロウ。依頼の内容は将軍の次女カーメンが受けている強請りの解決についてであった。脅迫状の差出人の家の前に張り込んだマーロウは、稲妻の様な閃光と金属的で痴呆じみた叫び声を耳にする。続いて聞こえたのは三発の銃声だった。部屋に飛び込んでみると、そこには男の死体と裸身のカーメンの姿があった。
精神が薄弱な上に、色情の気のあるカーメンはトラブルの種を撒き散らかす。
次々に現れる不審な人物達、複雑化していく事件、更には先んじて起きていた将軍の長女ヴィヴィアンの夫の失踪も関わってくるのであった。
本作は、二度映画化されている。
1946年のアメリカ映画「三つ数えろ」ではハンフリー・ボガートが、1978年にはイギリス・アメリカ映画「大いなる眠り」でロバート・ミッチャムが主演をしているが、二人共役よりも年齢がいっている様に思う。特にロバート・ミッチャムは貫禄が有り過ぎだろう。チャンドラー自身は、一番イメージに近いのはケーリー・グラントであると明言している。
個人の感想をついでに述べれば、本書の冒頭に於ける将軍とマーロウの遣り取りがなかなか個性的で面白い。年老い、人生に飽いた将軍は老い先が短いらしく、普通の人間ならば耐えられられない様な高温の蘭栽培の温室の中で一日を過ごしており、マーロウもその温室に招じ入れられる。
将軍はブランデーを薦め、自分の好みはシャンパンで割ったものだと言うが、ただマーロウが飲むのを見るのみで舌で唇を湿らす。そして、匂いは好きだと言い、タバコを吸うマーロウをじっと見つめる。それから依頼を打ち明け、二人は会話を交わす。そんなシーンだ。
本書は、双葉十三郎の翻訳版である。原書自体が古いのであるから、日本語版の発刊は1956年で本書の出版も1959年。戦争を挟んでいる為にタイムラグは有るがそれでも随分昔だ。当然古くさい表現も有りはするが、時代がそうさせているのだからしょうがない。却って当時を想うに丁度良いと言うものだ。
最近では村上春樹もチャンドラー作品を新たに翻訳しており、試しに少し立ち読みしてみたことはあるが、わざわざ改めるまでの意味が見いだせなかったのが正直なところだ。
大いなる眠り
作者:レイモンド・チャンドラー (著), 双葉十三郎 (翻訳)
発売日:1959年8月14日
メディア:文庫本