さて、これをお読みの皆さんは、人間関係についてどのような考え、あるいは信念を持っているだろうか?そして、その信念は、どのように形成されてきたのだろうか?ちょっと振り返っていただきたい。よろしいだろうか?その信念を頭の片隅に持ちながら、この書評を読んでいただきたい。本書は、人間関係について多くの人間が犯しがちな「ミス」や「ウソ」をぶった切る本である(タイトル通り)。僕は、この本を読んで「は?」と思ったことが何か所もある。多くの本やインターネットサイトが勧めているあの行為が、実は自滅の足跡を残したり、多くの人がどれだけ人間関係で自分の能力を過信しているかがよくわかる。それを今回は紹介しよう。
そもそも、前提として、僕たちは元来、相手の立場に立って考えることがかなり苦手な動物なのだ。どのくらい苦手かというと、人間の感情読み取り能力の精度は、何と20%~35%なのだ。まぁ、これは僕の感覚にも合致する。実際に僕は、人の感情なんて言ってもらわないと分からないと、前妻や元彼女に豪語して怒らせてきた人間だ。確かに、感情なんてわからない。実際に、パートナーの自尊感情を予測してもらう実験では、精度が44%となっている。しかし、人間がお粗末なのはここからで、自分の評価の正確性を自己評価してもらうと、何と多くの人が「82%正しい」と思っているのだ。なのに、実際の精度は、その半分ほど。相手の感情に関しては、40%もいかない。このような意味で、自分の能力を過信している。ちなみに、能力が低い人ほど、自分の能力を過信する心理効果として、「ダニング・クルーガー効果」があるので、これとも関係しているのだろう。何とまぁ、お粗末で恐ろしい。僕は、寒気がする。
また、よく勧められるあの行為にも触れておきたい。「傾聴」である。多くの人は、人の話を丁寧に聞く傾聴が大切で、まずは相手の話を聞きましょうと教わるし、そのようにアドバイスされる。特に、夫婦関係だとそうだ。「傾聴しましょう」と勧められる。実は、この「傾聴」、何と家族には効果がないのだ。これは、本書の冒頭に書かれている。言い換えれば、傾聴が効果的なのは、誘拐犯やテロリストと話す交渉人や、相手の問題を第三者的にみられるカウンセラーなのだ。これを裏付けるデータも出ている。心理学者のゴッドマンは、夫婦セラピーを受けた人たちを追跡調査した。その結果、関係を修復できたカップルは、何と18%~25%に過ぎないというのだ。僕を含めて、多くの人が間違えているではないか!何てことだ!では、どうしてなのだろう?まず、傾聴は効果が短期的なのだという。つまり、一時はおさまっても、再び再燃する。言い換えれば、解決した気になっているのだ。また、次の推測もできる。傾聴は、相手の話を聞くという行為から、常に一方的なコミュニケーションとなってしまう。すると、片方の考えしか分からず、お互いの透明性が確保できない。基本的に、人間関係は、自己開示によって深まるという研究データも出ているので、それを鑑みると、傾聴が限定的なテクニックであることは容易に想像がつく。
この本は、人間関係に悩んでいる人なら、うってつけの本だ。この書評には書ききれなかった、役立つ知識が、多く載せられている。この本に共通して言えるのは、「人生の幸福度を決めるのは、人間関係である」というメッセージが込められていることだ。ちなみに、この理論にも例外はあるのだけれど。著者のエリック・バーカーは、以前にも『残酷すぎる成功法則』という、科学低位な自己啓発本を書いた。論文に基づいているので、下手なサンプル数1の本を読むより、役に立つだろう。しかも、論文を使って常識を切り刻んでいくのが爽快だ。
さて、最初の話に戻ろう。冒頭で思い出した、あなたの人間関係の信念は、どのように変化したのだろう。ちょっと変化した人は、本書を手に取ってみるといい。きっと、他にももっと多くの考えが変わるだろう。ピンとこなかった?なら、まずは本書の第1章を読んでみよう。それから自分の考えがどうなるか、観察してみると、何か起こるかもしれない。
参考文献
エリック・バーカー(2023)『残酷すぎる人間法則 9割が間違える「対人関係のウソ」を科学する』橘玲(監訳) 竹中てる実(訳) 飛鳥新社