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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】武士の時代は本当にあった『武士の娘』

 

 明治初期、家老の家に生まれ、厳格に育てられた著者の自伝。
 当時の生活や考え方が生々しく描かれている。著者は結婚で渡ったアメリカで初めて目にする文化や思想を受け入れながら自立していくが、著者の支えとなったのはいつも「武士の娘」を忘れない精神だった。

 今の時代にはありえないような厳しい教育がいくつかのエピソードでよくわかる。
 例えば、師匠の講義中には微動だにも許されず、ある時著者はなぜか落ち着かないために膝をちょっと緩めた。すると「そんな気持ちでは勉強はできません。お部屋にひきとってお考えになられたほうがよいと存じます。」と師匠が言ったので、痛い心持ちで自室へ戻ったという。またある冬の日は、火のない部屋で習字の稽古をしたが、手が紫色に変わるくらい凍えていたという。

 現代に当てはめることは到底無理だが、当時は身も心も厳しくひきしめることで「心を制御する」ことを学んでいると理解されていた。だがそれだけで一般的に成り立っていたわけではないと思う。師匠と生徒あるいは親と子供が互いに礼儀作法をわきまえていたからこそではないか。

 そんな武士の家での精神教育が少しずつ古風なものになっていく大変革の時でもあった。武士は金銭に関わらないことを教えられていたので、急に商売を始めてもうまくいかない。古い(といわれた)考えに固執する者も多かった。西洋から入ってきた牛肉を食す文化を恐れる人もいた。そんな中、著者はアメリカで、古い考えを大切にしつつ、新しいものは丁寧に理解し受け入れられたからこそ、精神的にもバランスよく自立して過ごせたのだろう。

「武士の娘」は1925年にアメリカで出版され、世界7カ国に翻訳された。日本で出版されたのはそれから15年後。著者は執筆の他に、コロンビア大学で日本語や日本文化などを教えた。
 著者の父は越後戦争で敗北した長岡藩の筆頭家老だった。昨年の映画「峠」で話題になった河井継之助と同時期に藩政に関わっていたが、新政府との非戦を訴え逃亡し、苦労して帰藩している。私の祖父母が長岡市在住だったため以前より河井継之助のことは知っていたが、その影にこのような武士がいたことを本書で初めて知った。他にも多数の物語があっただろう。

 本書には著者の母や祖母がよく登場する。彼女たちは江戸時代生まれの武士の娘。今の時代からは窮屈な生活にしか見えないが、彼女たちが自分の宿命を誇りにし覚悟して日々過ごしている姿には、心打たれるものがある。それは明治になっても変わらない姿勢だった。「1人の人間」としての生き様を見せられているかのようであった。最後まで自立した精神で生き抜いた著者は、身近な家族から最も強く学んでいたのではなかろうか。

『武士の娘』
著者:杉本鉞子
発売日:1994年1月24日
発行所:筑摩書房

武士の娘 (ちくま文庫)