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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】ウワー、ウワー、終った、終ったーっ。ウワーハハ。ぼくは生きてるぞ。生き延びたんだーっ。『紙の砦』

 

そういえばこれって、私が十代の頃何度も読んでたっけ。
懐かしく読み返した手塚治虫の短編集。
本書の特徴は、手塚治虫自身が主人公、若しくは語り部となっている作品を編纂した点にある。
ドラマ性を持たせる為に、多くはフィクションになっているのであろうが、背景には自らの体験が投影されている様に思う。

表題作の『紙の砦』は、マンガ家生活三十周年を記念して雑誌『週刊少年キング』に掲載された読み切り作品だそうだ。
昭和十九年から二十年八月、つまり終戦までの期間を描いている。沖縄が占領され、大阪にも空襲がやって来ており、戦況と共に激しくなっていく統制の下でもマンガを描くことに情熱を燃やす主人公の姿と、女友達の悲劇を綴ったものだが、戦争が終わった時の、生き延びた! という感激が強烈な印象をもたらす。
そうか、当時そう感じたのだったか。
体験した者にしか分からない、真の声。

『紙の砦』の第二部として作られた『すきっ腹のブルース』では、終戦後の昭和二十一年の闇市時代を舞台にしている。
誰も彼も自分が食べていくことに精一杯で、人が死のうが生きようがそれどころではなかった世の中。
主人公は、新聞の子供向け四コママンガでようやくマンガ家の端くれとなった。
だが、未来は?
どうしてこう腹が減るんだ。腹一杯、安く食える時代が来るかなァ・・・。

ゴッドファーザーのむすこ』では、学生時代の手塚少年と、学校一の乱暴者でヤクザの親分の息子であるバンカラとこ明石との交流を描く。
出版統制下で、マンガなど読めない戦時中に於いて、禁じられているマンガを熱心に描く手塚少年に一目を置く様になるバンカラ。手塚少年に頼み込んで描いてもらった美少女「クミコちゃん」を大事にする純情さも持つ愛嬌のある登場人物だ。
「長生きせえよ、おまえ大モノになるで」
そう言ったバンカラ自身は、昭和二十年、フィリピンで敵艦に突っ込んで自爆した。

戦中戦後を舞台としたこれら三作らは、手塚治虫が生涯主張していた戦争反対の意思と感慨をなんとかして後世に残そうとしたものなんだろうな。

他の収録作品は、
『四谷快談』
トキワ荘物語』
『ガチャボイ一代記』
いずれも手塚治虫を取り巻くヒューマンドラマ、若しくは彼のマンガ作家人生の断片を魅せてくれる、味わいのある作品揃いとなっている。

紙の砦
作者: 手塚治虫
発売日:1976年8月30日
メディア:単行本