「神奈川県警二村刑事のお宅ですね」
そ奴は言った。舌先でとろりと溶かしたチョコレートみたいな女の声だった。しかし、警官には違いない。警官は揃って、どこの地図にも載っていない方言をはなすのだ。
舞台は横須賀、銃はトカレフが一丁、死体は三つ。
その事件を巡って、警察に公安、ヤクザ、暴走族、夜の女、情報屋、記者などと絡み合いながら、休日に所轄署の署長から内々の依頼を受けた主人公 二村永爾はドブ板通りを渡り歩く。
非番の刑事を主人公にしたことで、普通の刑事物ではなく、また、日本では成立させ難い探偵物風の筋立てにしているところはなかなか珍しい。
初出は、早川書房の単行本で1978年。もう40年以上も前になる。
流石に時代背景、風俗や情緒などは、現代からするとなかなか想いが届かないだろうが、なんとなく昔はそうだったんだろうと想像で補える。
そういうハンディはあった上でも心配は無用だ。不必要な説明をしていない為にやや難解ではあるが、優れた比喩、スタイリッシュな文体、あまり刑事らしく見えなく、そして腐肉屋な主人公の台詞回しなどが面白く読み進める助けとなってくれる。
本作は、著者のごく初期の作品から顔を出していた神奈川県警の刑事、二村永爾を主人公としたシリーズの第一弾である。中編小説の二本立てとなっている。
そして、二村永爾シリーズはその後も散発的に刊行されている。
1985年『真夜中へもう一歩』
2004年『THE WRONG GOODBYE-ロング・グッドバイ』
最新刊の『フィルムノワール/黒色影片』は2014年。
著作の数々の中で、最も息の長い登場人物なのである。