1979年から1980年にかけて放送されたテレビドラマ『探偵物語』。俳優 松田優作の代表作の一つとも言われるこの作品に原案者がいた。ハードボイルドミステリーの評論家であり、翻訳家でもある小鷹信光氏だ。
ドラマ『探偵物語』は、好評だった『大都会』シリーズを日本テレビから他局に移す為に、松田優作と村川透監督を置き土産としたことから始まったとされている。複数の刑事達ではなく一匹狼を主人公とするに際し、企画段階で招聘された著者は、ハードボイルドとは、一人で生き抜く私立探偵とは、などについて膨大な文字数の企画原案を執筆した。ドラマの第12話「誘拐」に於ける「日本のハードボイルドの夜明けはいつ来るんでしょうかね、 小鷹信光さん」と言う松田優作のアドリブも有名だ。
さて、テレビドラマ放送開始と時期を同じくして徳間書店から刊行された本書は、著者の完全なオリジナルである。
特筆すべきはその文章の上手さだ。ハードボイルド小説としては最もポピュラーな、工藤探偵の第一人称の形式で綴られる物語。或る家出娘の捜索依頼を発端として、誘拐事件、暴力、カーチェイス、愛憎、殺人などの具材に疑惑を織り交ぜグイグイと読ませてくれる、非常に優れたエンターテインメント性の高い作品となっている。長年培ってきた文筆業としての技とミステリーに関する知識の面目躍如といったところだ。
因みに、本書に於ける工藤俊作はベスパに跨ることないし、黒丸のサングラスもソフトハットも身に着けてはいない。ましてや「工藤ちゃん」でもない。自分のルールに則り行動するハードボイルドの主人公。共通しているのは元サンフランシスコの警察官という裏設定くらいであり、ドラマとは全くの別物だ。ドラマのイメージで手にすると完全に裏切られてしまう様な、正統派のハードボイルドミステリーに仕上がっている。ではあるのだが、どうしても松田優作の顔が思い浮かんでしまうのは、仕方がないだろう。
徳間書店版は絶版となっていたため、20年近くの長い間幻の作品とされていた本書は、続編の出版を条件として1998年に幻冬社から加筆修正の上文庫化された。そのお陰で私もドラマ放送当時に一度立ち読みして以来の再読の機会を得たという訳だ。
なお、本書は小鷹氏の小説家としてのデビュー作である。如何に著者が「探偵物語」に力を注いでいたのかが分かるというものだ。