経営の神様、松下幸之助。世界でトップの家電製品の企業を築き上げた人物が、生涯その恩を忘れず、”商いの師”とした人物が、本書の主人公である、サントリー創業者、鳥井信治郎であった。
そんな鳥井信治郎が生まれたところから、物語ははじまる。”商いの都”、大阪。その中でも”浪花のへそ”と呼ばれた船場で、両替商・鳥居忠兵衛の次男として信治郎は生まれた。
信治郎は家の中でじっとしている子供ではなかった。ついつい目が向いた方へ、身体も、こころも向いてしまう。よくものを観察するので、町の界隈で店構えや看板が少し変わっただけでも気付く。
そして信治郎は何より新しいものを見ることが好きな子供であった。自分の知らない、新しいものや、まぶしいものに出逢い、それを見ることが好きだった。
好奇心旺盛な信治郎は抜群の吸収力で、小学校では成績優秀。そして大阪商業学校へ通ったのち、薬種商店である小西儀助商店へと丁稚奉公することになる。
小西儀助は国産の本格葡萄酒を作ることを夢見ていた。そこで毎夜、信治郎は儀助の葡萄酒作りを手伝うことになる。儀助の傍で、信治郎は商人として大切な心構えを学ぶ。
そして信治郎もまた、洋酒造りに魅了され、新しい商売をはじめることを決意するのだった。
彼の行動の源は全て好奇心である。
ある日神戸港を訪れた信治郎は、そこに停泊していた豪華客船に乗ることを決める。乗客のほとんどが西洋人や役人の、当時の信治郎の身の丈には合わない豪華さである。それでも、「今、自分は、あの船に乗るべきだ」ということが彼にはわかっていた。
頭の良い信治郎はもちろん銭勘定は得意である。大金をそんなふうに使うのは、まっとうな商人がすることではない。そうだとしても、信治郎には、そうするしかなかった。その船に、乗るも乗らぬも、やってみるしかなかったのだ。
欲しいと思ったら見境なしに手に入れる信治郎の性格は、後年、さまざまな所であらわれる。その大胆な性格が、信治郎の商いの選択の大きな決め手となっていく。
人が初めて目にしたものや、新しいものを見て、それがどんなものかを知ろうとすること。その目がじいっと見て何かを知ろうとするこころが、好奇心である。信治郎はまさに好奇心の塊のような人物だった。彼の目にはきっと、世界のすべてが輝いて見えていたのだろう。
そんな信治郎の世界を想像しながら読み進めると、こちらまで胸がワクワクしてくる。新しい世界へと飛び出したくなる一冊である。