矢作俊彦の存在を私が知ったのは、FM東京の『マンハッタン・オプ』という私立探偵物のラジオドラマの作者としてだった。洒落たセリフと、ハメットの名無しの探偵を彷彿とさせる味付け、チャンドラーを意識した様な文体で、いっぺんに気に入ったものだった。
その次には、『ハード・オン(画:平野仁)』、『気分はもう戦争(画:大友克洋)』といった漫画の原作者として再会した。
どうやら彼の本業が小説家らしいと気付いたのはその後のことだ。当時、SFとハードボイルドを嗜好していた私は、程なくして著者の小説を手にすることとなる。
著者のキーワードは、日活無国籍アクション映画と学生運動だ。特に漫画を含めての初期の作品らではその影響が顕著に感じられる。
太っていなかった頃の石原裕次郎、眉間にしわを寄せて無口になる前の渡哲也、フマキラーの様にブンブン拳銃を振り回す宍戸錠が大好きだったのだ。
おまけに著者は横浜生まれだ。
日活映画の斜陽に焦りを募らせ、新作映画の台本用にと書いた原稿を、周囲から「これじゃシナリオじゃなくて小説だ」と言われたことが小説家デビューのきっかけとなった。1972年のことだ。そして、そのデビュー作が『抱きしめたい』。若き殺人者”翎”の物語だ。
それから5年後には長編小説を出版し始め、スタイリッシュなネオ・ハードボイルドの旗手として注目されだすこととなる。
ここで紹介するのは、先述したデビュー作を含めた6作を編した短編集だ。
「抱きしめたい」
「夕焼けのスーパーマン」
「王様の気分」
「言い出しかねて」
「神様のピンチヒッター」
「ひゃくパーセント・ダウンヒル」
「気取り」に命を懸ける男たちの姿をお楽しみいただきたい。