小説を読む目的は、人によって様々だと思う。スリルを味わいたくてミステリーが好きな人、現実を忘れてしまうようなファンタジーが好きな人、恋愛小説が好きな人など好みは人それぞれだ。私がどんな小説を好きかと聞かれたら、「何も事件が起こらないのに読んでしまう小説」と答える。悲劇も大事件も謎もないのに、物語にぐいぐい引き込まれてしまうような世界観のある小説だ。
江國香織さんの小説は全てがそういう小説だ。この『物語のなかとそと』は、この20年のうちに書かれた短いエッセイや掌編小説、誰かへ宛てた手紙などの散文を集めた本だけれど、どんな短い文章でも、その文章の中にひとつの世界があることを感じてしまう。
中でも一番心に残ったのは、「奇妙な場所」というわずか8ページの掌編小説だ。中年の3人の女性が、「暮れの買い物」と称して年末に集まり、昼ご飯を食べてスーパーで買い物をするというなんてことのない話なのに、魅力的だ。細やかで、ささいなところまで描写される3人の会話は妙にリアルで、ここまでリアルに感じられるのは、著者が登場人物にどこまでも謙虚に寄り添っているからだと思う。なんでもない普通の人でも、その人にはしっかりその人の日常、世界があることを感じさせてくれる。
著者の小説を好きな人はもちろんだが、新しく好きな小説家を探している人にも試しに読んでもらいたい1冊だ。

- 作者: 江國香織
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2018/03/20
- メディア: 単行本
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