本書では、前半が短めでスッと読める短篇が続く。アイデア・ストーリーの達者なディックらしく、ユニークな設定やシチュエーションの連続で、中にはコメディとしか思えないおバカネタもちらほら。しかし、後半には超能力アクションSF中篇などが控えており、一粒で二度美味しい一冊だ。
戦後の灰だらけの地球。生き残った人々は、戦勝した火星人がせっせと上空から撒いている物資だけで生き延びており、地下シェルターに暮らし、ただただ毎日を人形と模型を使ったゲームに明け暮れるだけの生活を過ごしている。生き残りを”まぐれもの”、シェルターを”まぐれ穴”と呼ぶ。たまたままぐれで助かった人々として。と、なかなか凝った世界観の『パーキー・パットの日々』で、まず煙に巻かれる。
日々のストレスに加え、宇宙通勤路上でも地上に降りても、ロボット等によって繰り広げられる過剰なCMの応酬に打ちのめされて疲れ切った会社員の男と、実演販売で自らを売り込むロボットとの、まったく噛み合わない遣り取りがブラックな笑いを誘う『CM地獄』。
どうでも良さそうな科学論理のパドルをしていた二人の教授が証明実験を行なうおバカSF『不屈の蛙』。
知能指数の低さ哀れと笑いを誘うコメディー『あんな目はごめんだ』。
エイリアンとの価値観の違いによる小さな騒動を描く、短篇集初収録の『猫と宇宙船』。
自分たちが戦っている敵は何者だ。果たして本当に敵はいるのか。ディック定番の不確定な現実を怪しむ『スパイはだれだ』。
取り締まりを受ける超能力者を題材とした『不適応者』。
ここ迄が軽快な短篇たち。ここからは中篇群が控えているのである。
地球からの独立を願う後進植民星では、超能力者たちは植民星に特有の存在となっていたが、そんな彼等にまた特異な進化が訪れるというのが『超能力世界』。
『ペイチェック』は、ジョン・ウー監督によって、2003年にSFアクションものとして映画された。2年間の建設会社での勤務。それが終了した時、その間の記憶は無くなっていた。それは契約によるものだった。そして2年間の報酬5万クレジットは7つのガラクタに取って代わられていたが、それは自分自身で望んで契約変更をしていたのだった。一体何故? また、2年間の勤務の内容はなんだったのか。
表題作『変数人間』は、或る兵器の完成によりコンピューターが弾き出した自軍の勝利判定を受けて、星間戦争を決定した地球が舞台だ。アクシデントによって2世紀前の遠い過去から一人の男がやってきたことにより、コンピューターの予測は空白となってしまった。過去からの男は不確定要素とされた為なのだ。変数人間と呼ばれた彼は、開戦前に抹殺すべき対象にされた。
ディックお得意の超能力、タイムトラベル、アクション、サスペンス、それから夫婦不仲などなどの一級品揃いの全10篇なのである。
収録作品
『パーキー・パットの日々 The Days of Parky Pat』
『CM地獄 Sales Pitch』
『不屈の蛙The Indefatigable Frog』
『あんな目はごめんだ The Eyes Have It』
『猫と宇宙The Alien Mind』
『スパイはだれだShell Game』
『不適応者 Misadjustment』
『超能力世界 A World of Talent』
『ペイチェック Paycheck』
『変数人間 The Variable Man』
変数人間―ディック短篇傑作選
作者: フィリップ・K・ディック
発売日:2013年11月10日
メディア:文庫本