「狩撫麻礼は死にました」
新作の依頼を打診して来た漫画編集者に対して、狩撫麻礼はこう応えたという。
だが、これは断筆宣言ではなかった。
彼は狩撫麻礼名義での活動を止めることにしたのだ。1990年代後半の出来事だ。
その理由は、作風に対する固定化したイメージを払拭したかったとか、『タコポン』という作品に対する反応が無かったことから、狩撫麻礼という存在に価値は無くなったと考えたからだとか、諸説有るらしい。
以後、作品毎に幾つものペンネームを用いており、本作では土屋ガロンという名義を使っている。
画は嶺岸信明が担当し、1996年から1998年に「漫画アクション」で連載された。
7階と8階の間、7.5階の秘密の空間。そこは私設刑務所だった。
気が付いた時には、彼はその一室に居た。
狭い個室にはベッドとTVがあるのみ。
なんの説明も無いまま、一日二回、中華料理が運ばられるだけの毎日に気が狂いそうになったが、或る時彼は思い至った。
オレの人格を変えたいのでは・・・・・・!? ネガティブな情念に凝り固まった”別人”にすることが、オレを陥れた奴の目的ではないのか。
その日以来、彼の戦いは始まった。
その空間で可能なこと。TVを見ること、肉体を鍛えること。ストイックに。
いつか解放されるその日の為に・・・だが、まさか10年とは。
10年を経て、不意に解放された彼は知りたがった。
いったい誰が、なんの目的で・・・・・・。
実は、私は本作は映画版を先に知っていた。
『オールド・ボーイ』は、まずパク・チャヌク監督による韓国映画が2003年に公開されている。第57回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリ、第37回シッチェス・カタロニア国際映画祭でグランプリを受賞した。
さらに、スパイク・リー監督、マーク・プロトセヴィッチ脚本によるハリウッド版も2013年に公開されている。
狩撫麻礼原作の映画と知った上で、私は両作共観ていたのだが、漫画版はつい最近になって初めて読んだ。
読んでみると、韓国版はなかなか思いっきり良く脚色をしたんだなぁと思えた。漫画版では冒頭で監禁から解放されるのだが、この映画版では監禁されるところから、その後の10年間の監禁生活についてもかなり時間を割いて描いている。また、バイオレンス度が爆上がりしていて派手だ。
実情は、映画化の許可を与えてから韓国側からの連絡が一切無く、日本側が映画の完成を知ったのはニュースであったと言う。
なかなかの改変っぷりにパク監督は、狩撫麻礼に会うなり「済みません!」と平謝りしたそうだ。殴られると思っていたらしい。
だが、試写会で観終わるなり、狩撫麻礼はガッツポーズをとった。
映画版で好きになって漫画版を読んだという人は、やや観念的な筋立てに対し、ちょっと肩透かしに思うかもしれない。
それほどの作風の違いだが、どっこいこちらは筋金入りの狩撫麻礼ファンだ。むしろ映画版に違和感を感じていた私は、うん、狩撫麻礼ってこうだよねと、非道く納得しながら読み切ったのだった。
先の粗筋は決めず、一週毎に主人公になり切って謎解きを進めるという、作者にして実験的なスタイルでの話作りに挑んだという本作は、静かにスリリングに狂気を深める。
ルーズ戦記 オールド・ボーイ
作者: 作・土屋ガロン、画・嶺岸信明
発売日:1997年5月28日
メディア:単行本