或る会社経営者から、行方知らずになって一ヶ月になる妻を探す様に依頼された主人公 私立探偵フィリップ・マーロウ。彼女の最後の手がかりは、エルパソから送ってきた電報で、「メキシコデ離婚スルタメ国境ヲコエル クリスト結婚スル」という内容だった。まず、クリスの家を訪問するマーロウは、侮蔑的な態度を見せるハンサムに、タイトルの言葉を返すのだった。
クリスから、とっくに女とは縁を切ったと話され、次に、彼女のエルパソの前の消息先であるピューマ・ポイントの山の上、湖の傍にあるキャビンへと向かったマーロウは、キャビンの管理人であるビル・チェスと喧嘩をしたビルの妻も、同じ頃合いに消息を絶ったことを知る。そして、二人は偶然湖の中に沈んだ女の死体を発見する。
そんな始まりを見せる本書は、レイモンド・チャンドラーの四作目の長編である。
他の長編作と同様、『ベイ・シティ・ブルース』、『湖中の女』といった短編を下敷きにしている。
この後も、マーロウの行く先々でトラブルや殺人が重ねられていくのだが、本作でもまた、前作までとは異なる雰囲気を感じる。
前作『高い窓』では、暴力性が抑えられ、シャープな会話劇となっており、洒落た比喩と心理描写が強調され、また、マーロウも感傷的に見えた。
本作でも、ギャングの類いは出番が無いし、登場人物は、一般市民が半分、五分の一が山の警官、残りがベイ・シティの警官で、やはり暴力性は低い。会話に紙面を大きく割いているのも前作と同様であるが、ムードは全く異なる。ジッとした、派手さの無い文体で、どこか地を這う様な重さを持つ。
マーロウもどことなく沈鬱というか、静かで何を考えているか判らず、読者をも混乱させる。
作品の時代背景が、第二次世界大戦の最中であり、ヒステリックにではないが、作中にも戦時中を示す表現も出てくる。そんな不安定な世の中であったことが影響しているのかもしれない。
チャンドラー自身、精神的に決して良い時代ではなかったのだろう。