本書は、日本で初めて世界の名作戯曲を小説化したシリーズの第一弾。ロシアを代表する作家チェーホフ氏の四大戯曲の一つを、二時間で読めるように現代の言葉でわかりやすくまとめられている。
主人公であるラネーフスカヤは、貴族としてなに不自由なく育ち、常に微笑みを絶やさず、また、他人に愛を注ぐことを美徳として育ってきた。そのため、誰からもすべてを持っている人に思われていたが、実際にはいつも空虚感であふれ、自分には価値がないと勝手に思い込んでいた。
そんなラネーフスカヤをいつも近くで見ていたのは、父がラネーフスカヤの父に農奴として、所有されていたロパーヒン。なぜなら、立場は違えど誰にでも無邪気に愛情深く接する彼女へ恋心を芽生えさせていたからだ。
ロパーヒンにとってのラネーフスカヤは、何一つ穢れのない世界に生きる人だと直感していた。ラネーフスカヤの前ではいつも釘付けになり、動けなかった。長きにわたり密かに恋い焦がれていたその気持ちに、ラネーフスカヤは気づいているのだろうか。
時代がかわり、貴族としての生活を継続していくことが難しくなってしまったラネーフスカヤ。破産寸前の没落してしまった貴族に残された資産は、代々受け継がれてきた『桜の園』それは、広大なサクランボ畑。百科事典にも載るほどのものであった。
そして、競売の日が刻々と近づく。農奴から実業家へと転身し、立場が逆転したロパーヒン。時をこえても想いを寄せるのはただ一人。かわりになる人はいない。ラネーフスカヤのために『桜の園』を守り抜くことができるのか?そして、二人の恋の行方はいかに?
本書を手にした際に、まず感じたことは、『桜の園』というタイトルに相応しい澄んだ青い空を彷彿とさせる背景とそこに重ねられた風に飛び散る桜の花、そこからイメージさせる『桜の園』サクランボの雰囲気が、一体化されているところだ。
その鮮やかな色合いとは対照的に佇む、寂しげな表情。表紙だけをとっても、ストーリーがここに要約されているようだ。また、本書の中に登場する人物のその時々の気持ちを表す自然の描写もとても美しい。次回は、どんな名作が小説化されるのか楽しみだ。