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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】SFなんだけどメインは夫婦の不仲のお話という変わり種小説。『去年を待ちながら』

ハードで形而上的な作品が多い印象のフィリップ・K・ディックであるが、これはなかなか手強い小説だった。
舞台設定、状況説明が殆ど無いまま、様々な人々が現れ、複数の箇所に於いて話が進んでいくので、何が行なわれているのか、何を描こうとしているのか、作者の意図が掴み切れないまま読み進めた最初の約100ページ迄はちょっとキツかったが、段々と背景が読み取れてくると同時に、事件、異変が起きてきてのその後は、興味深いとも形容出来得る面白さを著してくれる。

エリック・スイートセントは、大会社の経営者であり、大資産家ヴァージル・アッカーマン付きの医者をしていた。彼の専門は人工臓器移植であって、アッカーマンは悪くなってしまった臓器を次々と人工臓器にすげ替え、長寿を得てきていたのだ。
或る日アッカーマンは、エリックに国連事務総長ジーノ・モリナーリを引き合わせ、彼を助けて欲しいと言う。
見るからに疲れ果てた、息も絶え絶えの様なモリナーリは、癌を含め、これまで幾度も重病を患いながらも生き永らえてきた。しかも、その度に病の痕跡をすっかり消してしまう。
2055年の地球では、リリスター星と友好条約を締結した為に、リリスター星と対立していたリーグ星との星間戦争に巻き込まれていた。
地球に破滅的な状況をもたらすかどうかは、リリスター星の代表との交渉にかかっている。モリナーリは絶対的最高権力者としてあらゆる体調の悪化と日々戦いながら同盟国に対応していた。
という、三星間戦争というものがまず舞台背景にあるのだが、派手な戦争の描写は無い。
もしろ物語はエリックと、不仲に陥っている妻のキャシーとのやりとりと、それぞれの思惑を軸に進んでいく。
キャシーは或る薬に手を付ける。それは中毒性を持ち、肝臓に致死に及ぶダメージを与える麻薬J J180だった。
引き続き飲まなければ確実に死んでしまう。絶望の境地で、二度目の服用をしたキャシーは不可思議な体験をするのであった。
交錯する時間と空間。何が真実か? 目の前に起きていることは現実か?
麻薬、幻覚、タイムトリップ、パラレルワールド、様々な現象の発現にエリックも巻き込まれていき、やがて自ら望んで行動を起こしていく。
様々な選択肢の多さに思い悩むエリック。
果たして星間戦争の行方は?
エリックはキャシーを救うのか? それとも見放してしまうのか? そして夫婦関係はどの様な形に落ち着くのか。

結果的に言うと、予測を許さない展開の連続で、実に楽しめた。ディックの中期の傑作である。

去年を待ちながら
作者:フィリップ・K・ディック
発売日:1989年4月21日
メディア:文庫本