具体的に誰が泣いたのかわからない映画の宣伝文句、「全米が泣いた」。年寄りがよく言う「若い人は、本当の貧しさを知らない」(「若い人は、苦労を知らない」も然り)。結婚式での定番、「育ててくれてありがとう」。そんな今まで何度も聞いたことのあるような決まりきったフレーズがある。そんな「紋切型」の言葉をとりあげ、その裏にどのような思惑があるのかについて考察した本である。
安易に使われる紋切型の言葉が表しているのは、いわゆる「世間」や「常識」のようなものだが、当たり前のような顔をして存在するものへの著者の批判的な視点がとにかく熱い。この情熱の裏には、その「紋切型」に当てはまらない少数派の人たちの存在や気持ちへの想像力、優しさがあるように感じた。
例えば「育ててくれてありがとう」という言葉。結婚式の花嫁から両親へ贈る言葉での定番だが、それだけではない。最近の小学校では「二分の一成人式」という行事があるそうで、10歳という区切りの年に子どもは親に感謝し、親は子どもの成長を喜ぶというものだそうだ。ベネッセの調査によるとこの行事に対する親の満足度は9割だそうだが、そもそも教育とは残りの1割に目を向けることを教えるものではないかと著者は正論を言う。
この本の書評を書くのは、なかなか怖かった。文章を書くときに、「紋切型」の言葉を使って書くことは楽で一応の恰好はつくが、それではこの本に失礼だし、自分の言葉で書こうと思うとなかなか筆が進まず、本を読み終わってからもう1週間が経ってしまった。そして書くときだけでなく、人と話すときも同じで、普段波風を立てないために「紋切型」の言葉に頼りがちであることに気づかされた。
言葉はその人の思想や人格を表すと思うが、人間性までも紋切型にならないように、少数に目をつぶることがないように、自分の言葉で考えなければいけないと、著者の真剣さに背筋が伸びる一冊だった。
とりとめのない書評だと思った方にはぜひこの本を読んで自分の言葉で考えていただきたい。本書でも取り上げられている、24時間テレビで何度も叫ばれる紋切型のフレーズを最後に記したい。「本当の主役は、あなたです」。