さすが村上春樹。直接的な言い方をせずに現代社会を生きる私たちにゾクッとした感覚を味あわせてくれる。
「一人称単数」は短編集の中の15ページほどの短い小説である。
簡潔に言うと、クローゼットからほとんど着たことのないスーツを見つけたので、そのスーツを着てバーに行ったところ、バーで出会った女性に罵られるという話である。もちろんこんな簡単に説明できるストーリーではない。
たった数ページの中に、現代社会に生きる私たちたちへの気づきメッセージが込められている。
スーツを着た鏡に映った自分を見て抱く罪悪感、人生の岐路を経験し選択した結果今ここにいる自分は何者なのかという思いに襲われる違和感、バーで女性に3年前に本人が女性にした見に覚えのない行為に対する「恥を知りなさい」と言われ抱く焦燥感。そして、いたたまれなくなって店を出たあとは街路樹に蛇が蠢き、顔のない人々が歩く世界が広がっている。
村上春樹流の皮肉とも感じる。別人のように装っていると気づかされアイデンティティクライシスを感じ、他者を知らぬ間に傷つけたことを知らずに生活していり「私」。「私」は誰にでも当てはまるのだ。
「一人称単数」の中の他の短編もぜひ読んでいただきたい。青年期のような葛藤におそわれ、自分を見直すきっかけになるかもしれない。ぜひ自分探しをしてみては?