万年デフレ体質だった日本においても、あれ?なんかいろいろ高くなってない?と思ったら、あれよあれよという間にインフレが叫ばれるようになった昨今。一度原点に立ち返ろうと思って手に取った本書が、物価の大家である渡辺努氏による直球の物価論。著者は東大卒業後、日銀で勤務、米ハーバード大でPh.D.を取得後、一橋大教授、東大大学院教授を歴任し、オルタナティブ・データを扱うナウキャスト社を創業した、泣く子も黙る物価おじさんです。
「物価は蚊柱である」という謎めいた結論からスタートする本書。世界に存在する商品それぞれが一匹一匹の蚊であり、様々な個体が集まったものを離れて見ると、蚊柱のような群れ全体、つまり物価が見えると。
経済学部の出身の方々ならお馴染みの効用の概念や、ラスパイレス、パーシェ、フィッシャーなどの伝統的指数が登場したかと思ったら、中央銀行の金融政策とそれをモニタリングするウォッチャーの方々の悲喜こもごもまで語られる、物価の議論に明るくない私でも最後まで飽きずに読むことができる1冊でした。
本書で登場する概念は物価の文脈以外でも非常に興味深いものが多く、例えば「多は異なり」という概念や、振り子時計の同期の原理が引き合いに出された、全体が必ずしも個の総和にならないという例は、最近ビジネス界隈でも耳にするようになった質より量、または量が質に変化するという現象と重なる部分もあり、いろんな意味で発見が多いです。
後半のほとんどがなぜ日本の物価が上がらないのかについて述べてある本書ですが、奇しくも第一刷が発行された2022年1月からほどなくしてインフレの萌芽が見られ、恐らく著者の予見していた速度を大きく上回ってインフレが進む現在。仮に今著者が全く同じテーマで本を書いたらどのような内容になるのかに想いを馳せながら読むのも面白い、知的好奇心がくすぐられる読書体験でした。