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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】禁じられた人体実験を通じて、良心の呵責について問う『海と毒薬』

戦時中に起きた米兵解剖実験をモチーフにした小説。
勝呂という無愛想で謎多き医者がいて、彼のクリニックに肺を病んだ患者が尋ねてくる。
勝呂は嫁にも看護師にも逃げられた孤高のドクターで、無口だが腕は確かだ。
患者は勝呂医師の経歴が気になり、新聞で調べる。戦時中に米軍捕虜の生体実験を行った逮捕者の中に、なんと勝呂の名前があった。
話は勝呂医師が研修医だった頃に遡る‥。

当時、勝呂医師と同級生の戸田医師は、米軍捕虜を生きたまま解剖し、革新的な論文を書いて、軍医たちに取り入ろうとする。

人体実験に参加する勝呂医師、戸田医師、新人看護師の上田の心情描写がそれぞれ描かれている。

勝呂はもともと善良な研修医だったが、戦争で人がどんどん死んでいくため、人間の生命力に関して諦めの感情を抱いていたのだと思う。
同級生の戸田のように人の死に対して割りきれなかったため、医師という職業に対し、無力感があった。だから、流されるままに人体実験に参加したのだろう。

看護師の上田は、夫に浮気され、流産した上に、二度と子供を産めない体になってしまった看護師だ。

彼女は、人間の生命力に憎しみを抱いていると感じた。
女性としての生理機能を失ってしまった彼女は、同年代の女性に対し、嫌悪感を抱く。

この人体実験に参加したのも、流産だけでなく、他の女性たちがこの実験を知らないことも理由の一つだ。
他の女性スタッフにひっそりと優越感を抱いていることが分かるし、正常で健全な肉体がメスで切り刻まれるところをみて、勝ちほこった快感を得ていて、彼女のことが恐ろしかった。文面から毒々しい感情が溢れている。

戸田はもともと大人達の顔色を伺い、正解を出すことが得意な麒麟児だった。

また、自分が教師達から評価されるためなら、同級生に罪をなすりつけることもいとわなかった。

「罪悪感という概念は存在しない。仮にあったとしても人に対してではなく、世間体や懲役に対してだろう?」と言っている。

戸田が人体実験に参加した理由も「良心の呵責」が欲しかったからと言っており、登場人物の中では一番利己的な人間だと思う。

性悪説を信仰しているかのような発言も目立ったが、誰よりも冷静に人間心理を読み解いており、嫌いなキャラクターではなかった。

海から程遠い、マンションの一室で何故か海のさざなみが聞こえるシーンがある。

まさに人間の心の闇をすくった描写が優れた小説だった。