あらゆる沈黙とはかりあえるほどのガンジス河のほとり。彼の地で男は”B”と呼ばれていた。
三年前、スポーツ記者だった男はフィアンセと共に突然失踪した、とされていた。
「多分弟は、何事か想像もつかないような事件に巻き込まれたのだと思う。警察さえも頼りに出来ないような”ある事”・・・」
インドのベナレスに居る。それを知った彼の姉、毒島えり子は、もう一人の弟、正樹をインドに向かわせた。
「いいわね。シリアスになっちゃダメ。陽気に戦うのよ」
聖地ベナレス。圧倒的な人の波。めまい・・・。
男は周囲から頭のおかしい乞食の巡礼者として扱われていた。
彼を我に戻したのは、正樹がこっそり持ち出した Bの少ない荷物の中に有った一冊の本だった。
『マルタの鷹』
それを目の前に差し出された時、記憶の本流が舞い戻り、 Bは毒島勇一を取り戻した。
フィアンセを殺され逃亡したインドの見知らぬ土地、人々、恐怖、そして疲労にいつしか彼の意識は混濁した。気がつけば荷物も奪われ、手元に残ったのは、『マルタの鷹』の文庫本一冊のみ。名を尋ねられても、毒島のイニシャルであるバ行の何音であるかも思い出せない。バ行をつぶやく彼を、ベナレスの人々はBと呼ぶしかなかった。そして、B自身も自らを気のふれたインド人と思い込んでいたのだった。
「ヒンズー忿怒の神よ。我に復讐の力を与えたまえ」
ガンジス河に身を浸して祈り、彼は日本へ戻った。復讐を果たす為に。
そして、兄弟は再会した。
「今後は俺のことを”B”と呼んでくれ。コードネームのように」
三ヶ月。
体力を回復させる為に伊豆諸島の離島に渡ったBは、鍛錬とヒンズーの忿怒の神カーリーへの祈りの日々を過ごした。
己の身体を鎧ったB。人間離れした体力。そして意識にも変化が。
「なんと言ったらいいのか、こう・・・透明で・・・今なら予知能力さえもあるような気がする・・・・・」
Bは、神と二つの誓約を交わしていた。
「この得体の知れぬ体力と澄んだ知力は、そこからやってきたのだと思う」
その誓約とは? その代償は?
戦いは、敵からの誘いによって始まった。
Bが知っていたのは、敵の組織のホンの末端だった。追っていた相手はあっさりと切り捨てられ、目の前で殺された。
原作は狩撫麻礼、作画は平野仁。このタッグ作品は珍しい。
ちょっと癖のある絵柄だし、古風な感じも多少するのだが、個人的には好きなんだよね、平野仁。
Bの回帰、過去の出来事と復讐への決意、行動に向けての準備期間など、前半は主にBに焦点を合わせてじっくりと話が進んでいく。
だが、Bが復讐のゴングを鳴らしてからは一気に展開が進む。というより、逆に追い詰められ追い立てられていくBとその仲間たち。
犠牲を出しながらも、超人的な精神と肉体を以て敵の中核へと迫るB。
加速する攻防の行方は?
B
作者:
、平野仁
発売日:1984年4月14日
メディア:単行本