太宰治が感じていた虚無感がひしひしと伝わってくる作品である。読中は悲劇っぽく感じるのだが、読後、全体を俯瞰してみてみるとやはり喜劇に思える。なんとも中毒性がある作品だ。
本作は1947年に発表された、太宰治の短編である。主人公の青年がある小説家へ書いた、書簡体小説となっている。
主人公がなにか新しいことをはじめようとして、その情熱がまさにピークに達するとき、いつも金槌を打つ音が聞こえてくる。
「トカトントン」
するとなにもかもがあほらしく、どうでもよくなり、主人公は途端にやる気を失ってしまう。なにをやっても、その繰り返しである。
時代背景は戦後間もなくだ。日本は軍国主義から、GHQの支配下の元、民主主義へと移行する。前へ習えの状態から、自分たちで考えて行動すべき時代への変化。
絶対視されていた国の価値観なんてものは結局のところぶれぶれで、何を頼りにしていいのかわからない。虚無感が沸き起こるのも無理もない。きっと著者自身の戸惑いや絶望が表れているのだろう。
主人公は常に虚無感に支配され、終いには何一つ手につかなくなる。死のうと思ったときでさえ「トカトントン」が聞こえてきてその気を失う。そこで救いを求めて、ある作家へと出したのがこの手紙である。
急速に熱が入って、急速に冷めていく主人公の気持ちが、評者にはとてもよくわかる。元々の性格が冷めているせいだと思っていたけど、もしかすると単純に、もう一歩踏み込む勇気が足りないということなんだろうか。ほんと、どうしたもんかなあ。