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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】工藤俊作、最後の事件。『新・探偵物語Ⅱ 国境のコヨーテ』

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前作から10ヶ月後、S・クドーはアリゾナに舞い戻る。それは相変わらずの法律事務所の臨時調査員としての仕事の為だ。しかし、胸中には以前の事件で淡いロマンスと生死の境を共にした日系アメリカ人の美女との再会への期待もあった。

物語の冒頭は、クドーがワイアット・アープを訪ねるところから始まる。とはいっても、これは現代のお話だ。西部の街の観光アトラクションで歴史に名を残した保安官を演じているのはビルという爺さま。今回の依頼のターゲットだ。
依頼主はビルの女房で、画廊サロンを経営しているガラ声の持ち主、ドロレスのオー・アニー・ゴー(大姐御)。依頼の内容は、いつまで経っても西部時代のお宝探しを止めることのない亭主を連れ戻すことだ。ビルは西部史の編纂者として名高い男だが、加えて糸の切れた凧の様な男なのだ。そしてビルは、西部時代の大ギャングが残したまま、杳として行方の判らない伝説のお宝の場所を記した手紙を手に入れたと言い出す。

そんな始まり方をした物語は、てっきり宝探しをキーにして紡がれると思いきや、偶然を重ね重ねてそんな予想からはまったく逸脱していく。
宝を狙った末に不幸な目に遭う不動産屋、粗暴なメキシコ人の山賊野郎コンビ、危険を顧みず環境保護を訴える夫婦の活動家、信条を貫く頼れる男であり、メキシコとアメリカの国境間の橋渡しをする愛すべき"運送屋"、産業廃棄物業の大企業、日本のバイオマス企業の副社長、FBIの捜査官など・・・、多くの登場人物を加えていきながら、物語は膨らみを増して展開していく。
だが、クドーの目的はシンプルだ。宝探し騒動の渦中で行方が判らなくなったビル爺さんを探し出すことだった。

前作の終わりに本来の性分を取り戻したクドーである。退廃したムードは鳴りを潜め、むしろ歳は重ねていても精力的ですらある。前作ではロードストーリーの同行者の様な印象であったが、本作では、目の前の障害を払い除けながら、謎に迫り続け紐解いていく。そして、またも幾度も死に目に遭いながらも本懐を遂げるまで諦めることはない。
クドーが何故どこまでも使命を果たそうとするのかについては、一旦受けた仕事は最後まで遂行するというハードボイルドの鉄則の所為ばかりではない。ビルやドロレスなど、結局は好意を寄せた人物たちの役に立ちたいという、極めてシンプルな欲求の為せる業だ。クドーのそんな行動を裏付ける、魅力的な登場人物たちの描写も見逃してはならない。
そして、我らがクドーは日系アメリカ人の美女と幸せな再会を果たせるのだろうか?

小鷹信光オリジナル小説もこれが最終章である。今後、工藤俊作の物語を読めることは二度と叶わない。何故ならば著者は2015年12月8日に膵臓癌によりこの世を去ってしまった。
工藤俊作を演じた俳優 松田優作同様にその生命を奪った癌という病の存在を私が憎んだとしても、恐らく非難されることはあるまい。