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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】ディックらしいカオスっぷり満載のSF小説。『火星のタイム・スリップ』

大昔のSF小説では、近未来には火星くらいには地球人も到達していて、植民地にしているだろうというのがいかにも当たり前的だった。
1964年発表の本作の舞台も火星であり、どうやって環境を整備したかは語られはしないが、普通に人類が大気の下に暮らしている世界だ。
優れたアイデア作家であるディックらしく、その設定は突飛というか、精神分裂病患者の中には、健常者とは異なる時間の進行の中で生きている者がおり、さらにその中には過去や未来を行き来できる者がいるとする学説がある、という前提が作品を支えている。
火星の或る街の実力者アーニイ・コットは、分裂病の上に自閉症で他人に心を開かない少年を利用することにした。
未来を予見して儲けようとしたのだが、それを実現させる装置を作る前に、地球から来た山師に先を越されて大儲けの機会を失ってしまった為に、今度は過去に戻ってやろうと考える。
しかし、少年の特殊能力は、単純なタイム・トリップではなかった。

ディックの作品は様々な登場人物たちが割と均等に描かれ、多層的に展開するものが多い。
本作も同様で、アーニイの企みに巻き込まれていく人々にもそれぞれドラマがあって、誰が主人公とかというのがはっきりしなかったりするし、途中まで何を描こうとしているのか判じ得ないまま読み進めることになる。
しかも、本作ではもう一人の主要人物であるジャック・ボーレンが、少年の影響で過去に経験した分裂病が再発しかけ、この二人の分裂病者による幻想が、物語を現実と悪夢が入り混ざった混沌とした世界にするので、なかなか複雑、そしておどろおどろしい感覚に包まれた独特の世界観を持っている。
評価も高く、読後感はスッキリとしたものではないが面白かった。
ちょっと翻訳がイマイチという感アリなのが残念。

火星のタイム・スリップ
作者: フィリップ・K・ディック
発売日:1980年6月30日
メディア:文庫本