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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】一流のチャンピオンとは、言葉に絶望した果てに拳の雄弁さに賭ける男のことだ。『ナックル・ウォーズ』

 

狩撫麻礼谷口ジローのコンビで描くボクシング漫画は、『青の戦士』以来だ。
三度目の監獄は、男を徹底的に苛まさせた。恐怖に打ち克つ為には信仰が必要だった。ボクシングという名の。
その男の名は森山。刑期を終えた森山は、尚も尾行を続ける警察に向かって言った。
「これからはカタギの商売さ。世界チャンピオンを育てるんだ!!」
元手はヘロインの取引で稼いだ30億円の隠し財産。問題は超一級の才能を持ち合わせる素材を見つけること。

たまたま車で通りかかって目にした草サッカーの試合場にそれは居た。
絶対に点を取らせない俊敏なゴールキーパー。しかもそのキックは100mを越す先の相手ゴールを直撃した。
眼にはオートバイ用のゴーグル。一種異様なその出立ちは、自意識の表れか、外界を拒む為か。
「なんて野郎だ。たった一人でゲームをする気か」
彼を追った森山は、尋常ではない光景を眼にする。
中央高速道路で奴は自転車に跨った。全力疾走する奴に並走して森山は声をかけた。
「ボクサーになる気は無いか!?」
そしてメーターに眼をやれば、それは時速90kmを指していた。
奴の名は三上乱。自分が何者であるのかの旅の途上に在る、あと二ヶ月で十七歳になる少年であった。
将来を夢想し、一人悦に入る森山に反発を示しつつ、乱は「試せ」と言う森山の求めに応じ、真夜中の後楽園ホールで、全くの素人ながら現役ランカーとの対戦のリングに立つ。
無防備な乱をプロのパンチが襲う。
ダウンした乱に森山は問う。
「今までに人を殴ったことは?」
「・・・・・・無い」
「殴られたことは?」
「無い」
「ボクシングに興味を持ったことは?」
「無い。いや・・・・・・無かった」
強靭な下半身とそれを支える腹筋。「ハンディキャップ有り」ながら、ズブの素人である乱は、三発の連打でボクサーをマットに沈めた。

面白いのは、森山の強引で強気な性格だけでなく、ルックスまでもが『LIVE! オデッセイ』に於けるキーマン、下村にそっくり、というかそのまんまだということだ。恐らく狩撫麻礼は、下村のことがよっぽど気に入り、彼の再登場を願ったのだろう。
『青の戦士』の主人公である礼桂(レゲ)は、セリフはなんと全編で二言だけというくらいの凄まじい寡黙さであったが、本作の主人公の乱もそこまでではないにしても口数は少ない。
それは、寡黙というよりは無口というものであったが、やがてそれも森山によって変えさせられる。
「ストイズムが行きつける境地などは、たかがしれている」
精神的な弱点を克服させてやると言う森山は、乱から自意識を消させる。
性格までをも変え、リングに挑む乱は悲劇的にも見えた。
森山は言った。
「不憫な奴・・・」と。
しかし、更なる悲劇が二人を待っているのだった。
二人が行き着く先とは?

ナックル・ウォーズ
作者: 狩撫麻礼谷口ジロー
発売日:1988年3月29日
メディア:単行本