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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】凍りついた摩天楼、名なしの探偵が行く。『凝った死顔(マンハッタン・オプ1)』

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矢作俊彦を語るには、やはりマンハッタン・オプを外すことは出来ない。
以前にデビュー作を含めた短編集の書評でも書いたことではあるが、私が著者を知ったのは、1980年5月から1983年9月にかけて月~金の深夜にFM東京で放送されたラジオ・ドラマの作者としてだった。
一世を風靡したそのドラマの台本を元に書かれたのが、本書を含む『マンハッタン・オプ』シリーズだ。

マンハッタンを舞台とした名無しの探偵を主人公としたハードボイルドは、ダシール・ハメットの「コンチネンタル・オプ」へのオマージュと、レイモンド・チャンドラーを髣髴とさせる文体を兼ね備えており、まるで翻訳物の様な雰囲気で綴られる和製ハードボイルドだ。

元々ハードボイルド小説を嗜好していた当時の中学生は、夜毎ラジオに耳を傾けたものだった。だから、本書が出版された時はすぐさま飛びついた。所有しているのは当然初版本だ。

良くは覚えていないが、ドラマは日に数分程度のもので、一話を数回に分けて放送していた筈だ。とはいえ長編では途中で飽きられてしまう。だから一つひとつのエピソードは短編、というよりもショート・ショートといった趣きに近い。
しかし、その短さの中で事件が起こり、きっちり解決する。何とその数全63篇。
考えてもみたまえ。放送に穴を開けることなくこれだけの仕事をこなすとは、なんとも見事な作家性ではないか。
そして、今は亡き谷口ジローの挿絵も最高だぜ、とカバーイラストが誘う。

改めて読み返してみると、流暢で洒落た語り口に加え、意外にもロマンチシズムとセンチメンタリズムが濃厚であった本作は、光文社、角川、CBSソニーと版元を分けてバラバラに出版されていたが、その後、ソフトバンククリエイティブが全編まとめて出し直している。
ここでは、先駆者に敬意を表し光文社版を取り上げることとした。