スティーブ・ジョブズやジョン・ラセター監督など、そうそうたる天才たちをもってしても、ピクサーは収益があがらず苦境にあえいでいました。ピクサーの大成功の陰には、天才たちとマーケットとの間をとりもった、裏方の悪戦苦闘のストーリーがあったのです。
スティーブ・ジョブズ本人からの招きで、ピクサーのCFO(最高財務責任者)に着任した著者、ローレンス・レビー氏の道のりは、苦難の連続でした。中でも株式公開(IPO)とそれに至るプロセスはまるで『トイ・ストーリー』そのもののような手に汗握る展開。選り好みが激しく強気なスティーブに現実的な落としどころを説得し、著者はなんとか状況をコントロールしながら紙一重でピンチを切り抜けていきます。後年、投資銀行の社員から、ピクサーのIPOに関与すると決断した背景には著者に対する篤い信頼感があったと伝えられるくだりからは、著者の貢献の大きさがよく分かります。
また、著者がピクサーを立て直すにあたって、「人と企業文化」を非常に重視したことも目を引きます。才能あふれる社員と、創造性や革新性を重んじる企業文化こそが、ピクサーの価値の源泉であると見抜いていたのです。そこで著者は社員に報いるため、スティーブとギリギリの交渉をして社員へのストックオプションを実現したり、クリエイティブ面での決定権をジョン・ラセター監督らに委ねて企業文化が守られる体制にするなど、リスクの高い決断をしていきます。著者の仕事はピクサーを「稼げる企業」にすることでしたが、そのために人や文化を損なえば、結局ピクサーの価値が下がってお金を稼げなくなる。スタートアップ企業が陥りがちなこのワナをどう避けるか、著者は考え抜いていたのです。
本書は、すばらしい才能や作品がお金を生むまでのお話です。私が専門とするバイオテクノロジーや医療の世界にも、すばらしい技術や薬になり得る種がたくさんありますが、その多くは市場に出ることなく消えていきます。収益があがるようになる前に、資金が底をついてしまうからです。それだけに著者の偉業には尊敬の念を禁じえません。著者はスティーブ・ジョブズや、他の多くのピクサー社員と粘り強く対話しつづけ、戦略や方針を彼らと「共につくり上げる」という姿勢を貫きます。対話し、学び、共鳴する能力が、才能とマーケットを結び付けたのではないでしょうか。
企業だけでなく、家庭や個人にも通じる、大切な指針となり得るすばらしいストーリーでした。
PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
- 作者: ローレンス・レビー,井口耕二
- 出版社/メーカー: 文響社
- 発売日: 2019/03/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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