HIU公式書評Blog

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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】人と自分を比較しても意味がない『マンガでわかる正義中毒〜人は、なぜ他人を許せないのか?〜』

本書には、正義中毒がなぜ起こるのか、また人を許せなくなる脳の仕組みについて書かれているため、周りに振り回されず気持ちを楽にして生きるためのヒントが得られる。

ストーリーは、老舗文具会社に勤める主人公が、入社3年目にして突如任されたSNS担当。周りの人からは、「正義中毒」に気をつけるようにアドバイスされるが、主人公にとってはあくまでもひとごと。まさか、自分が正義中毒になってしまうとは思いもよらなかった。

正義中毒の特徴は、間違ったことが許せない。間違った人は罰しなければならない。自分は正しく相手が間違っているのだから相手にひどい言葉をぶつけてもいい。という思考パターンを持つ。相手を叩くことにより脳からドーパミンが出るため、本人にとってその行動は正義でしかないため止められない。

そもそもその発端は、人と自分との比較から始まる。自分とそれ以外、どちらが上か下かというのはかなりばかばかしいのだが、人間の脳は誰かと対立するようにできているため、誰もが正義中毒に陥る可能性があるそうだ。しかし、そのような状況に陥らないために、自分を客観的に見る習慣をつけることが大切だと著者はいう。

『人は、なぜ他人を許せないのか?』
https://bookrev.horiemon.com/entry/2020/03/30/220000

 

 

【書評】アンラーニングにも並ぶ重要なこと、思考の柔軟性 『THINK AGAIN』

本書はGIVE&TAKEで有名なアダム・グラントの3作目である。既存の考えを新たな視点から見つめ直すことがいかに大事であるかを伝える、思考柔軟性について考察している。

本書で興味深いのは、再考するために必要な要素は日本人が苦手としていることなのである。まず"愚かなこだわり"を誰もが持つが、それから自由になるには、現在の自分と過去の自分との分離すること、自分の意見と自分のアイデンティティとの分離することである。話し合いにおいて、人間関係で起こる対立は生産性を損ねるが、異なる意見がぶつかり合う理性的な対立は生産性に有益である。(日本では意見とアイデンティティを分離できていないため、理性的な対立ができない)また正確な予想に必要な要素として、知性より重要なことは見解を頻繁に改めることである。(日本だと意見をコロコロ変えたら批判されるであろう)

このように私たちは苦手意識を抱かざるを得ない環境で過ごしていますが、上記を意識する組織を作ることで徐々に変わっていけるのではないだろうか。

 

 

【書評】目指したのは「脱ホテル」。『レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし』

正直言って、昔はともかく、現代に於ける国産自動車メーカーのことを私はあまり高評価していない。
日産自動車は、経営が危うくなってヘルプを求めておいて、いざ上手くいきだした途端にルノーを邪魔者扱いしだし、カルロス・ゴーン諸共排除しようとして墓穴を掘るという醜態を見せたし、いつまで経っても何度でも不正検査を繰り返してしまうという、隠蔽体質を治せない三菱自動車なんざも一生乗りたくはない。
では、トヨタ自動車は?

ニホンイチの自動車メーカーという認識はある。確かにある。しかし、なんというか、優等生のイメージがあって、親しみを感じ得なかったのだ。これまでは。
それは多分に、「カンバン方式」、「ジャストインタイム」、「カイゼン」、「ムリ・ムラ・ムダ」といった徹底した工程管理をベースとした、官僚主義的な会社なのであろう、という見方があったからだと思う。
だから、本書を読んで、実はトヨタ自動車では、「顧客ファースト」を第一とし、「相手の視点で物事を考える」ことをモットーとし、その実現の為にこそ、日々の「カイゼン」を止むことなく続けているのだということを知って少なからず驚いた。
さらに、「現場主義」が徹底されており、逆三角形の体質が成され、平社員であっても、顧客の為になることであれば相手が役員だろうがなんだろうが意見を言える文化が造成されているのだと言うのだった。
意外という他にない。

さらに本書では、トヨタが経営するホテルが長野蓼科高原に存在することを初めて知った。
まぁ、企業規模から言ったら、多角経営としてホテルチェーンに取り組んでいても不思議はないのかもしれない。しかし、そういう成り立ちでもないらしい。
その辺りのことは本書を読んでいただければ分かることとして、とにかく、トヨタグループの社員へのおもてなしを目的に作られたホテル「テラス蓼科リゾート&スパ」がどの様に運営されてきたのか。
やがて、蓼科高原近辺の地元の人々や、レクサスを初めとするトヨタ車ユーザーへも門戸を開く様になっていったこのホテルは、顧客に対して何をもたらそうとしたのか。
トヨタイズムとホテル業の融合。そこで目指したのは、「脱ホテル」への道だったのだった。
このホテルのオープニングスタッフの一人として、2005年2月にスーパーバイザーという役職で開業準備室に参加し、以来2021年2月に支配人を辞すまでの16年間に亘りホテルマンとして務めた日々を著者が振り返る。
その内容は、14歳からサービス業に身を投じた著者の経験と、ホテルに入ってから初めて知覚した、「誠実さ、謙虚さ、他者への敬意」を土台とする「トヨタウェイ」との合わせ技と言えた。
その本質とは、「おもてなし」であり、それを語り尽くすのが本書なのだ。

「どんな業種であっても、相手の立場を考え、「おもてなし」の気持ちをもって仕事を進めていく姿勢は非常に大切だ。さらに言えば、仕事だけでなく、日々の生活の中でも「おもてなし」の心はプラスの効果をもたらしてくれるだろう」

トヨタの考え方はね、一度やってみて、ダメならまたすぐに戻せばいいというものだよ。まずはやってみたらいい」

「1%でもリクエストに応える。テラス蓼科で常に目指していたのは、いつまでもゲストの方々の記憶に残るような心の込もったおもてなしをすることだった」

「クレームが起きる本当の理由とは何か」

「製品なら交換を受け付けられるけど、おもてなしは交換ができない商品だ。もしも誤って失礼なことをしてしまったら、もうそれで終わり。時間は戻らないし、おもてなしの交換もできないという厳しさが接客業にはある」

「お客さんが何もいわなかったからといって、満足してもらえたとまでは言い切れない。本当に満足してもらいたかったら、相手の気持ちを深く読み取って何かをしてあげる必要があるのだ」

「大切なのはお客さんも一緒に悩んで、問題そのものが解決しなくても、顧客と同じ気持ちになることだ」

D2Cという立場の違いこそあれど、常に顧客に接する私にとっても、肝に銘じるべき言葉の数々である。

レクサスオーナーに愛されるホテルで学んだ 究極のおもてなし
作者:馬渕 博臣
発売日:2022年3月10日
メディア:単行本

 

 

【書評】年齢なんて関係ない。ファッションはその人の人生そのもの『PRESIDENT』

本誌では、ミドルエイジの男性が選択するファッションによって変化した人生について、特集されている。メンズファッションはレディースファッションと比べ、わりとシンプルであり、デザイン性も偏ったものが多く見られる。それは逆にちょっとしたポイントを意識するだけで一瞬にしてその人の印象を変えることができるということだ。

特にビジネスシーンなど日常の大半の時間をスーツやユニフォームで過ごしていると、それ以外の時間に着るカジュアルファッションの選択が難しくなるそうだ。そのため、カジュアルな場でもスーツを着たり、もしくは部屋着のような服装で出かけてしまい、知らない間に色々なチャンスを逃すという。しかし、問題はどのようにしたら自分に合った服装を選択できるのかということ。

そのような人には、本誌で紹介されているようなイメージコンサルタントなどプロにお願いするというのも一つの選択肢である。なぜなら、元々身なりに無頓着な人が改めて学び、自らコーディネートするのはなかなかハードルが高く、似合っているのかどうかの判断も難しい。かといって全身ブランドものを身に付けたり、流行を追いかけたとしても、自分の意図とは全く異なる印象になりかねないからだ。

また、今ではアイテムが豊富なファストファッションやカジュアルに着られるイージーオーダーのスーツでも着心地が良く、手入れも簡単なものが揃っているので、プロから基礎的なコーディネートを学んだだけでも、別人のように印象が変わり、相乗効果により仕事も増えたそうだ。

ミドルエイジになってくると、よく自分の年齢や老化、また、残りの人生を気にし出す人が多いが、それは単に自分の思い込みであって、何歳であったとしても全く気にする必要はない。その証拠に世界では年齢をいちいち気にしている人は非常に少ない。自分の人生、何歳であったとしても自分の望んだように生きれば、自ずと似通った考えの人たちが集まり、より心地よい日々が送れるようになるはずだ。

 

 

 

【書評】オタキング岡田斗司夫氏の言う通りだったわ。『風の谷のナウシカ』

本書は、アニメ作家 宮崎駿による漫画作品である。アニメ雑誌の草分け的存在である月刊誌アニメージュに連載していたものだ。
連載開始当時、宮崎駿はアニメ界からほぼ干され状態にあった。その理由は、初監督長編映画作品であった『ルパン三世 カリオストロの城』の興行が全く振るわないどころか、コケにコケたからだ。
「こんなヤツに仕事を廻せられるものか」
と、評価を下されてしまっていたのだ。
その様な状態にあったとは、中学生時代にリアルタイムで『カリ城』を観た私に分かる筈もない。というか、当時のアニメージュでは、割と古典的な作品を取り上げることも多く、東映動画の初期から作り手として参加していた宮崎駿のこともそれなりに評価していたので、『カリ城』も大分好意的な扱いをされていたからだ。
そのアニメージュの編集部が、そんな状況なら、まぁ漫画でも描いてみてはどうか? と、持ち掛けた。

宮崎駿は、元々は漫画家を志していた。だが、学習院大学に入ってみたら漫画研究会が無く、代わりに入った人形劇研究会でアニメを知り、アニメも良いな〜と思って東映動画に入社した経緯があった。
そして、絵を動かすのは良いけど、漫画の才能はあんまり無いなぁ、と自らを決めつけていた為に積極的にはなれなかったにもかかわらず、結局は編集部の勧誘に応じることとなり、そうして1982年2月号からアニメージュ誌上にて連載が開始されたのだった。
だが、私は丁度その頃から、広く浅く、なんだか薄っぺらさを感じていたアニメージュを読むことをやめたので、本作は最初の頃の数話しか読んでいなかった。
やがて本作は、宮崎駿自身が監督した劇場版アニメが1984年に公開され、広く世間に知られることとなった。また、この事がやがてスタジオジブリを創る礎となった訳だ。
私もこの劇場版は観た。そして、世間一般の多くと同様、このアニメがナウシカそのものであると思っていた。
しかし、ふと見掛けたオタキング岡田斗司夫氏のYouTube動画で、アニメのナウシカと原作は全然違うし、そもそもアニメはほんの一部しか描いていない! と、あまりにも強く訴えていたので、そうなのか? ほんじゃま読んでみようじゃないかと思って、Amazonでポチッとしてみたのだ。
そしたら、岡田斗司夫氏の言う通り。
なんと、劇場版アニメは、原作の第二巻の途中までしか描いていなかった。そしてまたなんと、原作は第七巻まであるのだ!
しかも、あのアニメを観てしまうと、なんか自然回帰主義なお話なのね、と思えてしまうが、話が進むにつれ、いや、もしかするとそういった評価に対する反動なのか、全然そんなことじゃなくなってくる。
ムチャクチャ絶望的な世界が展開されてしまうのだ。

連載は、4度の中断もあり、12年の歳月を経て1994年3月号にて完結した。
えらいこっちゃ。その年月も、その終わり方も。
是非読もう。

風の谷のナウシカ
作者:宮崎駿
発売日:1983年8月25日
メディア:単行本

 

 

【書評】自然の中に自噴する商業施設ではない温泉『野湯ガール』

サウナ漫画、温泉漫画、銭湯漫画はこれまでもあるが、とうとう2022年に登場してしまったのが本作『野湯ガール』。本作で描かれるが確かに全ての温泉はもともと野湯だ。

タイトルにある通り野湯とは自然の中に自分する商業施設ではない温泉をいう。本作の主人公の趣味は野湯をめぐることだ。

ある時は山を登山し、ある時は船で海へ、ある時は川を登り、野湯って奥深いなぁと思うと同時に、あまり行きたいとはならない。
ガスが溜まっていることも多く、ガスマスクなど必須だ。

一方で、気持ちよさは理解できる大自然の中で、本物の温泉とのふれあいは凄いものだろう。今ある温泉は昔に野湯を見つけ感動した人が周りに脱衣場を作り、屋根をつけ、宿を用意し、と出来てきたものだろう。

2022年3月、つい2ヶ月に出たばかりの本作、続きが非常に楽しみだ。

ちなみに風呂についての書評は『サ道』、『のの湯』、『おふろどうぞ』、『温泉へゆこう』とこれまでに多く紹介してきた。そちらもチェックを!。

 

 

【書評】答えはシンプルに「正直」。『コミュニケーションは正直が9割』

 

著者は、田原総一朗
この人と言えば、私の世代的には「朝まで生テレビ!の人」ということでキマリだろう。
その印象は、歯に衣着せぬ物言いで、スッパスッパと相手に切り込む。物怖じすることもなく、また忖度お構い無し。そんなところだろう。
とにかく、長年ジャーナリストしての地位を保っているのが著者な訳であり、テレビ番組はメディアの力もあるかもしれないからそれはともかくとしても、記事取材などに応じてくれる著名人、知識人、政治家なども数多い。さらには有事に際して政財界から意見を求められることも少なくないのだと言うことは、これまでの活動によって各界の人々と信頼関係を築いてきたからと言うことに尽きる。
と、まぁ、そういう理由から、コミュニケーション術を書けと編集者は著者に持ちかけたのかもしれない。

しかしながら、本書の初っ端で、
「この本は、会話が上手くなるための本ではありません」
と、著者はいきなり言い捨てる。
そもそも自分は不器用、口下手、雑談が苦手で、お天気の話も空々しいと感じるし、上手にお世辞が言えるわけでもないと自らを評するのだ。
そんな著者が、政財官、民間企業の人たち、一般の人たち、犯罪者、左翼、右翼、宗教関係や犯罪者までといった幅広いジャンルの人々とどうしてコミュニケーションが出来てきたのか。
著者は、自分の好きなことを、ただひたすらのめり込んでやってきただけだという。
しかし実際のその秘訣は、物事に取り組むに際しての姿勢にあった様だ。
父方の祖母から叩き込まれた、「人のために尽くせ。そうすれば、自分もうまくいく」という教え。それから「運・純・根」の精神。
「運は自ら切り開いてゆくもの。運を味方につけるには純になりなさい。小賢しいことはするな。要領よく生きるな。純になって、根気よく生きれば運はついてくる」
テクニックではない。正直に向かうしかない。
不器用な著者は、小細工を弄するよりも、徹底的に話し合う、真摯に話し合うことで、立場が違えども深いところで理解し、繋がることができると思ったのだ。
正直に言い過ぎて相手を怒らせることもあるが、最終的には深い信頼関係を築くことができる。
この本は、その様な、コミュニケーションで大切な、人への向き合い方についての著者の考えを、実話を交えて書き表したものだ。

その中で、特に私が面白く、というか、自分の体験からも、「なるほどそうだよね」と感じたことを幾つか述べておこう。
「批判するときは目の前で、褒めるときは陰で」
「他者と関わることで、自分が認識できる様になる。自分探しと言って、他者との関係性をないがしろにして、自分のことばかりばかり見つめても、本当の自分の姿は見えてこない」
「空気を読むことに耐えられない。同調圧力に抵抗し、大勢には安易に従わない。空気に流されるのが気持ち悪い、居心地が悪い。変人と思われて結構」

著者は術として「正直」を選んだのではない。「正直」でいることしかできなかったのだが、それで功を奏してきた。
嘘をつくと段々面倒なことになってくるものだ。気を付けた方が良い。

コミュニケーションは正直が9割
作者:田原総一朗
発売日:2022年3月1日
メディア:単行本

 

 

【書評】初恋って当時は一生懸命で、今思えば恥ずかしい。『青年少女よ、春を貪れ。1巻』

恋を知らない中学生の勝之は、学校で一番人気のハルに対してもやもやした気持ちを持つようになる。卒業間近、自分の思いのたけをぶつけるだけの告白とも言えない告白でハルと付き合うことになった。ハルが亡くなったのはその3週間後のことである。

本作では、ハルの死から10年後の世界を描く。過去にとらわれ続け、現実と向き合えない勝之。ハルは友人たちとのキャンプ中に事故死をするのだが、勝之はそれには参加しておらず、真相は不明のままだった。過去とのケジメをつけるために、当時のキャンプの参加者に会って話を聞くと、隠されていた真実が明らかになっていく。

全5巻の本作はテレビで紹介されてて、1日で一気読みしちゃいました。作品の中では、ハルに恋していた登場人物たちの当時の心情や行動が明らかになっていきます。それがほんとにダサくて、自分勝手で甘酸っぱい。初恋ってそうだったよな、って思い出させてくれました。

タイトルにある「貪る」を辞書で調べてみると、飽きることなく欲しがる、際限なく行為を続ける、とありました。初恋とは、初めての自分の気持ちに戸惑い、自分の理想ばかりが先行して無我夢中になる。相手がそれを望んでいないと分かっていても逃れられない。まるで呪いのようなものですね。

もし同窓会とかあったら、昔は恥ずかしい恋してたよなって、友達と笑い合いたくなった漫画でした。

 

 

【書評】ミステリアスな決算書からビジネスモデルを解き明かす『決算書ナゾトキトレーニング〜7つのストーリーで学ぶファイナンス入門〜』

 

決算書はミステリー。数字を手がかりに決算書を読み解くのは、ナゾトキだと著者はいう。簿記や会計を学んでも決算書が読めるかどうかは別問題。なぜなら、現在は財務のプロである著者自身も、学生時代には会計のゼミに所属し、さらには大学院でも経済学の修士課程で学んだにもかかわらず決算書が読めなかった。そんなナゾから本書は始まる。

何か武器が欲しいと考え簿記2級を取得し、投資にも興味を持ち始めたものの、転職をしようか検討中の中村さんと決算書を見ただけで数字に書かれた企業の本心を見抜ける宮田さん。二人の登場人物がストーリー形式で決算書のナゾを解いていくのだが、誰もが知っている実在する複数の企業の決算書からビジネスモデルを解き明かす。決算書の読み方、経済のプロでも読み解けなかった複雑な決算書、赤字でも絶好調の理由、銀行員が見るポイント、株式投資で重視するところなど盛りだくさん。

決算書が読めるということは、お金の流れをつかめるということ。決算書を読むスキルが身につくとみえる世界が一変するそうだ。本書では、そんな重要な決算書の読み方を楽しくエンタメとして学ぶことができる。とはいえ、ワンランク上の会計を知りたい人や経営者視点から学びたい人にも満足できる内容だと著者はいう。

 

 

【書評】イマドキの学生さんは健康意識も高いってホント?『こんな会社で働きたい ニューノーマル対応の健康経営企業編』

企業経営者たる者、常に世のトレンドは掴んでおかねばならない。ましてや、今、望まれる会社とは? なんてテーマなら尚更読まねばなるまいよ。
私が本書を手にしたモチーフは、まぁそんなところだ。
たとえ、読んでみたら就活生を対象とした書籍だったとしても、私にとって重要なのは、そこに書されている企業の姿を知ることなのだから、か、か、関係ない。
そして、そんなのタイトル見りゃ想像付くだろうと突っ込まれようが気にしない。プンプン。

という訳で、就活中の学生さん向けに書かれたこの本では、「健康経営」についてに二割、残りの八割のページを「健康経営優良法人」に認定された企業の事例紹介にページを割いている。
さて、NPO法人 健康経営研究会と経済産業省によれば、健康経営とは、「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」ということだそうだ。
そして経済産業省では、「健康経営優良法人」認定を実施しているのだが、これに認定された企業の方が株価が向上する、離職率が低下する、採用力が強化される、といった副次的効果が見られているらしい。その効果を期待して、健康経営に関心を持ったり、取り組みを始める企業が年々増えているが、ただ流れに乗って、「うちも認定取得しよう」というのでは、認定制度が形骸化してしまう。
なんの為にやるのか。取り組む目的はちゃんとはあるのか。
健康経営は、目的に対する手段にすべきであろう。

ところで、本書によれば、平成28年度に経済産業省が就活生1,399人に対して行なったアンケートに於いて、43.8%が「従業員の健康や働き方に配慮している」企業に就職したいと回答している。福利厚生の充実(44.2%)に次ぐ多さである。
さらに親へのアンケートでも、約半数がそんな企業に子供を就職させたいと考えているとの結果が出ているそうだ。
知名度や給与水準、企業規模を重視する学生は10〜20%程度にとどまっているのにもかかわらずだ。
また、著者自身も、健康を意識している学生さんがとても増えていると感じているらしい。
十代、二十代が真剣に健康について考えているなどということが本当にあるのだろうか? にわかには信じられないが、事実ならば私にとっては幸いだ。
何故なら、私の会社の事業が、特許取得のサプリメントを配合した変なお水「サプリメント in ウォーター MCMのめぐみ」という健康商材のメーカーだからだ。
これまで若者が健康意識を有しているなど微塵も感じてこなかったが、その意識を少し変えてみようか。
因みに、我が社では規模感の問題から経済産業省の「健康経営優良法人」は留保しているが、「横浜健康経営」、「協会けんぽ神奈川支部 かながわ健康企業宣言」の他、「神奈川県 CHO構想推進事業所登録」、「経済産業省 事業継続力強化計画認定事業者」、「かながわ治療と仕事の両立推進企業【プラチナ企業】」、「世界トップアスリート認定」など、各種認証の取得には積極的なのだ。これも健全な企業経営を目指してのことだ。

さてさて、そもそも健康とは?
WHO(世界保健機関)の憲章前文によれば、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」とのことだ。
世知辛い世の中ではあるが、人も会社もかくありたいものだ。

こんな会社で働きたい ニューノーマル対応の健康経営企業編
作者:クロスメディアHR総合研究所
発売日:2022年2月1日
メディア:単行本