HIU公式書評Blog

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堀江貴文イノベーション大学校(通称HIU)公式の書評ブログです。様々なHIUメンバーの書評を毎日更新中。

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【書評】デザイン経営に積極的な企業ほど、顧客から愛される。『これからのデザイン経営 常識や経験が通用しない時代に顧客に必要とされる企業が実践している経営戦略』

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デザインとは、あらゆるものを”より良くする”ための行為である。そして”より良い”と感じるのは私たち人である。となると、発想の真ん中には必ず「人がどう感じるか」を置くことが重要になる。

著者は本書を通して、「これからの経営にはデザインの創造性と美意識が欠かせない」と伝えている。当たり前が通用しない、変化の激しい時代。企業にとって、ブランディングイノベーションは必要不可欠となる。そしてそれらは別々のものではなく、密接に繋がっている。むしろ繋がっていなくてはならない。そのために有効なのが、デザイン経営という手法なのである。

「デザイン経営」とは、企業のパーパスを見定め、それを基点とした組織文化を構築し、新たな価値を創造し続ける経営手法である。

「え?デザインって見た目がかっこいいとか、美しいとか、そういうことじゃないの?」
そう思うかもしれない。評者もそう思っていた。
けれどデザイン経営において、デザインとはもっと広義なものとして捉えるべきである。むしろ見た目の美しさよりも、本質的な部分を重要視している。「パーパスを見定める」とはつまり、企業の本質を探るということだ。

デザインが経営に影響を及ぼす例として、本書で紹介されているシューズブランド「リーガル」の話が面白かった。リーガルは、日本人に馴染み深い国産シューズブランドであり、外国製の廉価なシューズが台頭したことで、時代の流れとともに古いブランドというイメージを持たれてしまっていた。

そこでブランドイメージを刷新したいという依頼を受けた著者は、半年以上かけて”リーガルらしさ”を定義する試みを行った。そこで注目したのは「手仕事へのこだわり」だった。靴作りへの職人のこだわりと誇りを、ブランド自体の価値として転換しようと考えた。”職人の魂がこもった靴を履くことで、より前を向いて仕事ができる。”そんなブランド像を目指した。

そうして行なったブランドイメージの刷新は、まず流通を動かし、やがてムーブメントは社内にも波及し、靴のデザインにまで変化が現れた。そして結果的に売上にも貢献した。

このことから、デザインの創造性は見た目の変化だけでなく、経営の分野にも影響を及ぼすことができると著者は気付いたそうだ。正しいアプローチで表現されたビジュアルは、圧倒的なコンセンサスを生み出す力を持っている。正しいアプローチとは、時間をかけてじっくり内面と向き合うこと。そうして本質を探ること。

デザインとは結局のところ、その組織の価値観をぎゅっと凝縮したものなのだと思う。だからこそ、どこまでも本質と向き合う必要がある。そこで注意すべきなのはひとりよがりにならないこと。主観と客観を絶えず切り替えて考えること。そしてそのために鍛えるべきなのは、感じ、想像し、創造する力。きっと経営者に限らず、すべての現代人が身につける努力をするべきなのだろう。

 

これからのデザイン経営

これからのデザイン経営

 

 

【書評】すべての日常動作の質がUP『脱力のプロが書いた!「動き」の新発見』

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身体を使うのはスポーツや武道のような運動のときだけではない。日常のすべての活動において、私達は身体を使っている。そんな日常での身体の使い方について、本書では語られている。

スポーツの本というとどうしても専門的になりすぎて理解できないことがあるが、本書はもっと初歩的なところ、身体の動きに焦点を当てている。普段はあまりスポーツをせず身体について詳しくない人にこそ読んでほしい。

身体の動きの中で、脱力というのがある。勘違いしている人が多いのだが、脱力とは単に身体の力を抜くのではなく、力を入れる部分と抜く部分を使い分けるということだそう。例えばタイピングをしているとき。手や指に力を入れて作業していると、気づけば肩が凝ってしまうことがある。これは無意識のうちに手と肩の両方に力を入れてしまっていることが原因だ。しかし、単に肩の力を抜いて作業しようという意識だけではこの問題は改善できない。こういった人は、肩の力を抜くと手の力も抜けるといったように、肩と手の動きが連動してしまっているからだ。まずは、肩と手を切り分け、手の緊張と肩の脱力というものを身体の感覚として分けて使えるようにしていくことが大事だそうだ。これが脱力できた状態である。

この説明、私は腑に落ちた。この腑に落ちるという状態は頭を通り越して内臓である腑に落ちるということらしい。頭だけでは理解できない。身体で理解することで、「身につく」という状態になれるのだそう。

肩に力を入れると、手の力も入ってしまう。お腹には力が入れられるが、耳には力が入れられない。このように自分の身体でも意外とコントロールできないことが多い。まずはこういったコントロールできないことがあることを知るということ。それが、身体を上手に使うための第一歩である。

 

 

【書評】知識は武器であり、それを扱うのが知能。『~IQ150の心理戦略コンサルタントが教える~秒速で人を操る心理話術』

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アドラーの言う通り、「すべての悩みは対人関係の悩みである」ならば、人間の行動原理となる人間心理について分析する心理学は、多くの問題を解決できる、最も汎用性の高い、最強のビジネススキルではないか。
そう考えたのが、著者が心理学にのめり込んだ理由だそうだ。

本書では、第一章「恋愛編」、第二章「仕事編」、第三者「デジタルコミュニケーション編」と区分けをした上で、それぞれ細かいセンテンスに分けて、ケース毎の心理学的なテクニックを具体的に挙げている。
なので、章を跨いで同じテクニックが再び書かれたりもしているので、目次からそのときに応じて必要なページを紐解くのが賢い使い方だろう。
著者も記述している通り、全てを頭に叩き込むと言うよりは、必要なときに必要な箇所だけサクッと開いて、サクッと実践するのが得策と言うことだ。
思い悩んだときに頼りにする為、手元に置いておきたい一冊となりそうだ。

ただ、テクニック云々の前に大事なことが一つ。
全編を通して強調されているのは、「信頼関係」の構築である。どの心理テクニックも、信頼関係無しには機能し得ない。
では、相手から信頼を得るにはどうしたら?
自分中心の考え方を抑えて、先方のスタンスをまず考え、受け入れることであろう。

 

 

【書評】人間の自己肯定感は、読書によってコントロールできる。『自己肯定感を上げるOUTPUT読書術』

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著者は書評YouTuberである。難しくてなかなか手を出しづらい古典作品を、とてもわかりやすく噛み砕いて説明してくれるので、評者は日頃からとてもお世話になっている。低めの渋い声が魅力的で、ダンディーでかっこいいおじさんを想像しながら本の説明を聞くことも、楽しみ方のひとつだったりする。

そんな著者が本書において伝えたいこと。
それは「読書によって、人は自己肯定感を高め、人生を好転させることができる」ということだ。

これは著者の実体験に基づいている。著者自身、20代半ばまでずっと自己肯定感がどん底レベルだった。けれど今は、”新しい自分”に生まれ変わったことを全身で実感しているそうだ。そしてそんな風に自分を変えてくれたのは紛れもなく「読書」だと断言している。

人生でどんなに辛いことがあっても、知らないことを恐れずチャレンジし、知ろうとすることを怠らず、読書を続けてきたからこそ今の自分がある。そう感じているそうだ。

そして今度は自分が、自己肯定感に悩み苦しんでいる人の力になりたい、という思いで書いた、著者初の読書ガイドが本書なのだ。

読書によって人生を好転させるために最も重要なアクションが、OUTOUTすること。つまり読書に行動を掛け合わせることではじめて、”想像さえしなかった人生の扉”が開かれる。

かと言って、「即行動だ!行動しない奴はクズだ!」みたいなことは著者は言わない。とても優しいのだ。むしろ焦りは禁物である。なんと言ってもOUTOUT読書術における大原則は、「自分のペースを崩さないこと」なのである。

決して他者からの承認を求めず、とにかく自分自身が楽しむこと。”心の余白”を常に持っておくこと。そうすることで周囲の雑音に惑わされず、自分と対話することができる。

そもそも読書に即効性を求めること自体が間違いなのだと、著者は指摘している。大事なのは、読んだ本の内容が自分の中できちんと腹落ちしていること。自分のペースを守り、自分にとって必要な内容を、必要な時に見極められるようになること。

評者も、こうして書評を書き始めてから1年程度が経つ。もう本70冊分くらいの書評を書いてきたので、アウトプットすること自体には慣れてきた。というかもはやアウトプットせずにはいられなくなってきた。けれど少し初心に帰りたい気持ちもあり、そんなとき抜群のタイミングで本書と出会い、良い感じに自分を振り返ることができた。以前は読んだらそれまでだった本を、こうしてアウトプットすることを習慣化できていることは、自分にとってとても大切な資産となっているように思う。

アウトプットしたいけど、どうすればいいのかわからない人、自己肯定感に悩んでいる人は是非読んでみて欲しい。

 

自己肯定感を上げる OUTPUT読書術

自己肯定感を上げる OUTPUT読書術

 

 

【書評】筋道立ったロジカルな文章は読んでいて愉しい。『考えることこそ教養である』

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私たち学者は、ともすれば知識だけを積み上げて記憶した「ハードディスク」のような存在になりがち、と、著者の竹中平蔵氏は記す。大量の情報が詰まっているけれど、それだけでは何も価値を生み出さない、と。
では、必要なのは? 「CPU(中央処理装置)」、つまり考える力。
情報や知識をどのように使うか、どうつなぎ合わせて活用するか。そのCPU的な力は、インターネットやクラウドコンピューティングなどが発達し、スマホ一台あれば即座に情報が得られる、知識の価値が急落してしまった現代に於いて非常に重要である。

しかし、考える、ということには少しコツが要る。ツボというものがあると、著者は述べる。
本書では、まず、考えるとは、自分の頭で作り上げる「マイ・ストーリー」を描くことであり、その上で大事なことは「川を上り、海を渡る」ことであると言う。「川」とは? 「海」とは?

そして本書は、考えることで身につく七つの能力を解説する。
また、考えるために有用な「型」を具体的に列挙したり、実践問題として、「なぜ」を考える実例をいくつか挙げて紹介している。
加えて、考える習慣を身につけるための術についても語った上で、考えることをあきらめないことを説く。

少子高齢化、日本経済の低迷、価値観の多様化によるコミュニケーションの煩雑さ、AIの台頭により仕事が奪われるという漠然とした将来への不安、新型コロナウィルスの猛威。
難しい問題が山積し、閉塞感に満ちた社会に於いてでも、あきらめずに考え続けることで、必ずや解決策に近づくことができると信じている、と著者は言う。

「考える」というものは訓練を必要とするが、回数をこなすことによって、その分だけ上手く「考える」能力が備わっていくものだ。「なぜ」に「なぜ」を重ねていくのである。留まっていてはいけない。

 

考えることこそ教養である

考えることこそ教養である

  • 作者:竹中 平蔵
  • 発売日: 2021/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

【書評】誰でも好きなことで生きていける『非常識に生きる』

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本書では、生き方、時間の使い方、習慣、お金の使い方、学び方などの五つの分野について、常識や世間体を気にせず自分の人生を取り戻すための、一見非常識と思われるような方法が書かれている。

さらに、過去にも複数の著作で著者が主宰するオンラインサロン堀江貴文イノベーション大学校(HIU)について紹介されているが、本書ではHIUのより真髄に迫る非常識に生きている二人のメンバーの実態が明らかになる。

本書で紹介されている二人のメンバーは、サラリーマンから自分が夢中になれる日本酒や漫画を描くことを極め、実際に仕事として成り立たせている。好きなことを実現できる人は特別な人、一部の特殊な才能のある人の話で自分とは違う人ごとと考えてしまう人が多いが、二人は共に他の人と何も変わらない。ただ、好きなことに夢中になり、実行し続けた結果なのだ。

HIUには様々な分野の莫大な数のプロジェクトが存在し、二人のようにどんどん新たな道へ挑戦し続けるものもあれば、実現されずに止まってしまうものもある。それを外から見てみると、一見、企業など外部との交渉が上手くいかずに断念しているように感じられたが、実際のところは単純で、プロジェクトメンバー自身が何となく消滅させているように思う。

最初は誰もがプロジェクトに興味を持ち参加表明するものの、モチベーションが下がるのか、単に役割をこなせないのか、なんだかんだと役割を先延ばしにする。そしてその先延ばしは、結果としていずれかの段階でプロジェクトを止めることになる。

興味がなくなったのなら、単にそのプロジェクトから抜けて興味のあることをやればいい。しかしそれができないようだ。これはHIUの問題ではなく、そうやって自信がなくできない自分を肯定化する人が世の中には多い。

好きなことを実現していく人生を選択するかどうかは自分自身。本書を読み、自分の人生を大切に非常識に生きることは、結果として面白い人生になるだろう。

 

非常識に生きる (ShoPro Books)

非常識に生きる (ShoPro Books)

 

 

【書評】鍛えないと感性は衰えていく。『センスは脳で磨かれる』

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著者は、脳内科医、医学博士にして株式会社「脳の学校」代表。脳番地トレーニングの提唱者である。本書でも脳に関する知識や、ビジネスへの転用についてなど書かれているが、大事なのは「センス」で、脳の感度をいかにして上げ、その「センス」を磨くことが出来るかということに注力して記述していることに興味を引かれる。

これまでは、学校教育でも社会に出てからも、言語を使った情報アウトプット機能の中枢として「左脳」の能力が重視されてきたが、これからは感覚や感性という情報インプット機能の中枢である「右脳」の能力が、より重要になると言う。「スキル」よりも、たくさんの選択肢の中から、自分で考え、選び取り、動く力、すなわち「センス」の重要度が増すと言うのだ。
「センス」の正体とは何か?
本書では、脳は役割によっていくつかの番地に分かれていると、まず脳の仕組みについて解説する。
そして、センスについても定義する。アウトプットこそが、いわゆるセンスの形であり、脳へのインプットを変えることで、アウトプットの質を高めていこうと説く。4つの「脳番地」を複合的に鍛えることでセンスを磨くことが可能だと言い、そして、具体的な脳番地の鍛え方へと話は向けられていく。

面白いのは、「センス」は日々意図的にブラッシュアップしていかないと鈍ってしまうということだ。これは老化ということだけではない。
新しいことを始めた時にはフル回転する脳も、覚えてしまえば最小限の労力で済まそうとする。脳は省エネのために「習慣化」が出来る様になっており、非常に合理的ではあるが、反面マンネリ化をもたらし、老化と退化を進ませる。
ラクになったのを良いことに、それに甘んじて新しい挑戦をしようとせず、仕事をルーティン化する「オジサン脳」の状態を招くとは、実に恐ろしいことだ。

「センス」というものは、「環境」と「自分の意識」によって学び、身につけていくものであり、ほぼ100%後天的に作り上げられるものだと言う。
自分次第で「センス」は育つ。「オジサン脳」にはなりたくないものだ。

 

センスは脳で磨かれる

センスは脳で磨かれる

  • 作者:加藤 俊徳
  • 発売日: 2021/02/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

【書評】1968年東欧で起きた民主化運動、改革前夜を小説化『プラハの春 上』

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元外交官である著者が1968年チェコスロヴァキア日本国大使館在勤中に遭遇した民主化運動「プラハの春」を小説化。上巻では1967年からプラハの春改革前夜となる1968年3月までを事実とフィクションを織り交ぜながら緊迫感のあるタッチで描かれている。
文庫本の内容紹介に"国際ラブ・ロマン"とある通り、チェコスロバキアの首都プラハにある日本国大使館員の主人公堀江とDDR東ドイツ)人反体制派活動家であるカテリーナとの恋愛小説でもある。

数回目の再読、最初に本書を読んだのは2000年。この改革運動が起こったプラハという街をどうしても見たくて、日本からウィーン経由でベルリンへ、旧東ベルリンのベルリン東駅から列車でプラハに向かったのは翌年の春だったことを思い出した。
個人的には堀江とカテリーナ、日本国外交官とDDRドイツ社会主義統一党員、ふたりが愛に苦悩するシーンは正直イマイチであるが、実際の史実が話の中心になってきたあたりから俄然面白くなる。

好みの分かれる一冊であるが当時の社会主義がどのようなものであったかがよく理解できる。当時は民主主義vs社会主義の冷戦時代、独裁色が強くなる歪んだ社会主義を「人間の顔をした社会主義」に変えるためにソ連を始めとする共産党と闘うチェコスロヴァキア共産党と改革を主導した第一書記ドプチェク、それを支えたチェコスロヴァキアの人々の危機感と変革を求める姿勢、日本でこのような状況になった時、冷静に変革を求めるという事ができるのだろうか?と考えてしまった。

 

プラハの春 上 (集英社文庫)

プラハの春 上 (集英社文庫)

  • 作者:春江 一也
  • 発売日: 2000/03/17
  • メディア: 文庫
 

 

【書評】なぜ?は向上への出発点『考えることこそ教養である』

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服が濡れているという事は雨が降ったんだろう。では、なぜ雨が降り出したのか。
本書ではこのように起こった事象から遡って、なぜなのか考えることをまず求めている。

この考えた結果、つまりマイ・ストーリーに正解はない。
筋が通っていて、腑に落ちるならばそれでよい。

しかし、そのままにするのではなく、さらに考えるべきだと著者は言う。
マイ・ストーリーに疑念を持ち、他者の考えを聞くことでさらに考えを深めるのだ。

そうして自分なりに得た考えがあれば、問題への対処もしやすくなる。
対処がしやすいという事は、先手を打ち、望む結果を得る事も可能なはずだ。

本書では他にも考える方法、その応用法に至るまでが記載されている。
紹介されている例題と共に、考える力を伸ばしてみませんか?

 

考えることこそ教養である

考えることこそ教養である

  • 作者:竹中 平蔵
  • 発売日: 2021/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

【書評】パーパスが持続的な経営の王道になる。『これからのデザイン経営ー常識や経験が通用しない時代に顧客に必要とされる企業が実践している経営戦略ー』

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最近はあまりビジネス書を読んでいないので、たまには経営感覚にも刺激を与えなくては、と思い、本書を手にした。
デザイン経営という言葉は知らなかったのだが、デザイン手法を経営に持ち込むことなのかと想像して読んだのだが、そうではなかった。

「これからの経営にはデザインの創造性と美意識が欠かせない」という著者は、株式会社HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長。「デザイン」といえば、プロダクトデザインやグラフィックデザインといった「カタチのデザイン」ばかりと思われがちだが、そのもっと手前にある、企業やブランドのあり方そのものを構想する「考えのデザイン」も求められるようになると感じる様になったそうだ。
強いブランディングの実現のためには、「カタチ」を整えるだけではなく、その背景にある「思い」を見定め、コンセプトから具体的なアウトプットまで一貫させる必要があるのだと言うのだ。
だからこそ、技術や機能の設計と分けることなく、また、経営とも無縁という考え方を捨て、経営者も「デザイン」についての意識を持つべきだとも言う。

なるほど、従来から言われる様な「経営理念」や「ビジョン」を「デザイン」という名に置き換えた訳か、と思いかけたが、これもそうではなかった。
SNSなどが発達した現代では、企業内部と外部への発信に乖離があってはならない。企業の考え方そのものが外部に対しても共感を得られなくてはならない。その為にはビジョンだけでは不足で、企業の内部と外部を繋ぐ「パーパス(Purpose)」が必要であるのだと説く。そして本書では、その後一貫して「パーパス」をテーマに置いて述べられていく。

因みに、「デザイン経営」という言葉は2018年5月に、経済産業省特許庁が、成熟した国内外の市場で生き残るために、企業がデザインによってブランド価値を育て、デザインによって顧客の真のニーズをとらえ、イノベーションを起こす必要性を説くものとして政策提言をしたものだそうだ。
これだけを読んでも「デザイン経営」も「パーパス」もよく分からない。そんな方には、本書を読了することをお薦めする。

なお、個人的には、Purposeって「パーポス」だと思っているのだが、まぁそれはどうでもいいか。

 

これからのデザイン経営

これからのデザイン経営